第18話 駐在くん、すれ違う


「まーったく、クリスマスだってのに……こんなところまで」


 グレーのパンツスーツに青いロングコートを羽織った女刑事・伊丹いたみは、放火事件のあった村長の家の前で車を降りると、ムスッとした顔でそう言った。

 まさかこんなど田舎で、それもクリスマスイブに放火事件が起こるとは思っていなかったし、所轄といってもこの村まで来るのには時間がかかる上、雪も積もっているから今の時期は余計に時間がかる。

 彼女が現場へ到着した時にはすでに昼を過ぎていて、今日は直帰か、宿にでも泊まるしかない。


「伊丹さん、クリスマスイブですよ。まだ。本番は明日です」

「あのね、大抵の日本人はイブを祝うの。当日なんて、正月のことしか考えないわよ」

「そ、そうですね」

「あーあ、イブをこんな田舎で過ごすなんて、本当についてないわー」


 彼女と一緒に来ていた新人刑事・上杉うえすぎは、何を言っても否定されるし却下されるので、最近本当にこの人と組むのが嫌になっていた。


(一緒に過ごす男もいないくせに……さっさと終わらせて帰ろ)


 その上、ぎりぎりアラサーの伊丹は、彼女と約束がある上杉がそんなことを考えているなんて思いもせずに、イブの理想の過ごし方を語り始める。

 上杉は適当に相槌を打ちながら、被害にあった村長に会うため隣の新居のインターフォンのボタンを押した。


「すみません、警察です。出火当時のことを詳しく聞かせていただけますか?」


 インターホン越しに上杉がそう言うと、村長が玄関先に出て来た。

 しかし、綺麗に整えられたちょび髭にパンチパーマ、大きな虎の刺繍のトレーナーをきた村長の姿は、まさにヤクザにしか見えなくて————


「え、組長!?」


 思わずビックリして、上杉がそう言ってしまった。

 隣にいた伊丹は、上杉のその発言に笑いを必死にこらえようとしていたが吹き出してしまった。


「失礼な!! 村長だ!!」


 村長が真っ赤な顔で起こっているのが面白過ぎて。


「そうよ、失礼よ誤りなさい上杉。今時こんな映画みたいなヤクザいないから…………っプププ」

「し、失礼いたしました!!」


 なんとか村長をなだめて、当時の様子や犯人に心当たりがないか尋ねてみる上杉。

 しかし、村長はこんな見た目だが誰かに恨まれるようなことは一切していないと言うし、他の家族にも心当たりはないという。


「最初に火事だと通報したのは、えーと、根倉菜乃花さんだと聞いていますが……」

「ああ、孫だ。あの子が火事に気がついてみんなを起こしに来てくれたんだ。それに、消防車も呼んでくれたおかげで、この家は無事だった……」

「それで、今、菜乃花さんはどこに?」

「あぁ、明日から冬休みでね、今日が終業式だから学校に……夕方には帰って来るだろう。駐在所に行ってみるといい」

「……——駐在所?」


 上杉と伊丹は目を見合わせた。

 この家ではなく、なぜ駐在所なのかわからなかったからだ。


「あの子は、いつも学校が終わったら駐在所に行くんだ。駐在くんがお気に入りのようでね……毎日晩御飯を作ってるとか」

「……駐在くん?」


 女人村の駐在所警官である仁平の顔を知っている伊丹は首を傾げた。

 仁平を駐在くんと呼ぶのには違和感がある……


「ほら、先月くらいにこの村に来た、若い警官だ。村民はみんな彼を駐在くんと呼んでいるんだ」




 * * *



 菜乃花が学校へ行った後、いつも通りに仕事をしていつも通りにパトロールに出たハジメ。

 今朝の火事のせいで村中大騒ぎになっていたが、村民の安全のためには欠かせない仕事である。

 それに、もしかしたら放火した犯人がどこかに潜んでいるかもしれない。噂好きの奥様方も言っていたのだが、おそらく犯人はこの村の住人ではないだろう。

 この村の住人の顔はみんなほとんど覚えているし、顔見知りなのだ。

 そんなことをするような人間がいるとは思いたくなかった。


「大変だったわねー……それで、犯人は見つかったの?」

「放火の可能性があるなんて……怖いわー」


 行く先々で質問ぜめにあったが、ハジメもまだ何一つわかっていない。

 女人村には廃屋も数多くあるし、古い建物だから燃えやすい。

 もしもまた放火が起きたらと、皆心配している。


「それにほら、燃えたのって昔からあるあの家でしょ? アレがあるって噂の……」

「大丈夫なのかしら? 悪いことが起きなければいいけど……」


 そんな会話もちらほら聞こえて来る。


(アレって、なんだ?)


 アレの正体が何かわからず、聞いてみようかと思ったが丁度そのタイミングで見慣れない一台の車とすれ違った。

 運転席の男の顔に見覚えがあったような、そんな気がして、記憶を辿る。


(————上杉さん?)


 上杉は以前研修で一ヶ月ほどいた交番にいた先輩の警官である。


(……もしかして)



 ハジメは駐在所に急いで戻った。

 すると案の定、先ほどの車が駐在所の前に停まっている。

 中に入ると、上杉と伊丹、そして仁平が話をしていた。



「上杉さん、お久しぶりです!」

「おー! 比目くん!! 久しぶりだね。どうして君がここに?」

「あ……その、色々ありまして————」


 挨拶をして、早々と聞かれたくないことを聞かれているハジメ。

 そんなハジメに、腕を組みながらハジメの方をチラリと睨みつけて伊丹は言った。


「君が駐在くん?」

「は、はい……!」


(い、伊丹刑事だ!!)


 遠巻きにしか見たことのない伊丹の存在に気がついて、敬礼するハジメ。

 伊丹刑事は怒らせたら怖いという噂を聞いたことがあったので緊張する。


「なるほど……君、女子高生がお気に入りだって聞いたけど、どういうことかな?」

「……は、はい?」


(え、何それ……どう言うこと!?)





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