第16話 駐在くん、叫ぶ


 通報してきたのは、村長の家——つまりは、菜乃花の家の向かいに住んでいるおばあさんだった。

 このおばあさんは足が悪く、なにかあるとすぐに駐在所に電話をかけてくる癖がある。

 いつもは仁平が対応していて、誰かと話したいというだけで、ほとんど世間話だった。

 そのせいか、火事だというのに駐在所に電話をかけたようだ。


「わかりました。すぐに消防に向かわせますから!」


 ハジメが電話を切り、消防に連絡を入れた頃にはすでに消防車のサイレンが鳴り響いていた。

 事件なんて起きることもなく平和な女人村の住人の多くがその音に目を覚まして様子を見に外へ出る。


 ハジメも慌てて駐在所を飛び出して、パトカーに飛び乗るが手が震えてエンジンがうまくかからない。

 火事と聞いて、最悪な想像ばかりが膨らんでいく。


「くっそ……こんな時に!」


(落ち着け……しっかりしろ!!)


 もう一度エンジンをかけ直して、ハジメは菜乃花の家へ向かった。



 * * *




 現場につくと、村長の家は煙が上がっていて消防隊員たちは消火作業に当たっていた。

 村長の家は三階建の大きな家で、今年の夏に老朽化のために昭和初期からある日本家屋のすぐ横に新しく建てたばかり。

 主に燃えていたのはこの古い日本家屋の方だった。


「駐在くん!!」

「村長!! 無事でしたか!!」


 外に避難していた村長は、トラ柄のガウンをパジャマの上に羽織って心配して駆けつけた他の村人たちと一緒にいる。

 村長の話によると、駐在所に電話がかかってくるよりもっと速い段階で消防の方に通報が入ったようで、新しい家まで火は燃え移ったりはしていなかった。

 家財道具や貴重品なんかも全て新しい家の方に移してあるし、他の家族も無事だという。

 もう少し通報が遅ければ、どうなっていたか……


「菜乃花は?」


 だが、菜乃花の姿が見当たらない。

 ハジメは尋ねたが、村長は首を横に振った。


「それが、わからないんだ……この火事に最初に気づいたのは菜乃花で、通報も菜乃花がしたんだが————」

「え……?」


(菜乃花が……いない?)


「今、息子たちが探しているがまだ見つかっていない……」

「そんな……」


 嫌な予感がよぎる。

 ハジメは、先ほど自分が見た夢を思い出した。


(菜乃花の制服が燃えて————まさか……そんな)


「あの子は昔から、おかしな行動をとることが多い。もしかしたら、あの火の中に…………」


 村長は泣き崩れてしまって、ハジメも不安になる。


(菜乃花が……あの中に?)


 消防隊員たちが消火作業をしているとはいえ、まだ燃えている。

 炎は上がっている。

 もしかしたら、菜乃花が中にいるかもしれない……


(菜乃花が……そんな……そんなことって————)


 菜乃花と過ごした日々が、走馬灯のように浮かんでくる。

 初めて出会った時、幽霊かと思ったことも、ハジメのことを可愛いと言っていたあのデレっとした顔も、綺麗な白無垢姿で幸せにすると宣言されたことも、真っ赤な下着でハジメをからかったニヤニヤとした表情も……

 ほんの数時間前まで一緒にいた菜乃花が死んでしまったかもしれないなんて、冷静ではいられなかった。



「菜乃花……菜乃花ぁぁぁ!!」


 ハジメは泣きながら叫んだ。

 菜乃花の名前を呼んだ。


 燃えている家に向かって、何度も何度も……



「呼んだ?」

「……へ?」


 村長と同じように、泣き崩れそうになったその時、菜乃花の声が聞こえてきた。

 振り向けば、菜乃花は後ろに立っていて、不思議そうな顔で泣いているハジメを見上げている。


「どうしたのハジメくん?」

「なの……か?」

「そうだよ? なんで泣いてるの?」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているハジメの顔を見て菜乃花は笑う。


「ハジメくん、子供みたい。そんなに泣いて、どうし————」

「菜乃花!」

「わっ! ちょ、ちょっと、ハジメくん!?」


 ハジメは菜乃花を強く抱きしめた。


「よかった……生きてた……! 燃えてない……!」


 突然抱きしめられて、菜乃花は戸惑いながらも嬉しくて、ハジメの背中に手を回す。


「生きてるよ。ハジメくん、燃えてない」


 泣きじゃくる子供をあやす母親のように、菜乃花はそう言った。



 * * *



 夜が明けると無事に鎮火して、村長の新しい家は無傷で済んだ。

 まだ、焦げ臭い匂いは残っているものの、燃えたのが古い方の家であったことは不幸中の幸いで、土地が広いため、周辺の他の家に被害が及ぶこともなかった。

 駐在所に通報した向かいに住むおばあさんも、現場を見に来た仁平と何やら話して安心したのか、足を引きずりながらゆっくりと自分の家に戻っていった。


 出火の原因は調査中だが、家族はみんな寝ている時間帯であったし、燃え跡から言って火元は古い物置小屋。

 放火の可能性があると仁平は予測していた。


「本当に放火なら、刑事事件だな。あとで調査に所轄の人間が来るかもしれん……それまでに、その顔なんとかしておけよ」

「はい……」


(顔洗ってこよう……)


 泣きすぎて目が腫れているハジメは、恥ずかしくなりパトカーに戻ると、菜乃花がついて来て助手席に座った。


「ハジメくん、大丈夫?」

「大丈夫だ……取り乱して悪かった」

「そんな、私の方こそ、心配かけたみたいでごめんね?」

「なんでお前が謝るんだよ……勝手に勘違いしたのは俺だし————っていうか、なんで乗ってるんだ? 家に戻れよ」

「だって、ハジメくんが心配なんだもん。超美味しい朝ごはん作ってあげるから! ほらほら、しゅっぱーつ!!」


(……まったく)


 相変わらずマイペースな菜乃花に呆れながらも、ハジメは嬉しかった。

 村長の言う通り、行動が読めない菜乃花のことだからもしかしたらと心配になったが……

 何も変わらず、ニコニコと笑う菜乃花が隣にいる。

 それが何より嬉しかった。





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