第14話 駐在くん、訂正する


 朝から衝撃的な場面を目撃してしまった雷太はパニックになった。


(あの菜乃花が!? いやいや、菜乃花以前に、女子高生をこんな路地に連れ込んで…………!!?)


 ドキドキしながら、じっと二人の様子を見ていると、不意に雷太の真後ろを誰かが通る声にびくりと肩が跳ねる。


「それでさーそのオヤジが意外と金持ってて」

「えーマジで?」


 驚いて振り返ると、大学生くらいのお姉さんたちだった。


(な、なんだよもう、びっくりした! あっちの方がパパ活してそうだな……————って、あんな知らないお姉さんたちのことはどうでもいい。どうする? きっとこれはあれだ……電車の中で痴漢されて————そのまま連れ込まれたんだ!!)


 いつか友達に見せられた痴漢ものの動画を思い出して、それに違いないと思う雷太は、そもそも乗客のすくないあの電車で痴漢行為なんてすぐバレるということは頭にない。

 もうそれはそれは、危ない妄想ばかりが膨らんで、菜乃花を助けなければともう一度、雷太は二人の様子を見た。


(あ、あれ?)


 しかし、そこには菜乃花はいなくて、ハジメだけが雷太がいる方に向かって歩いてくる。

 雷太は壁に張り付いて、息を押し殺してやり過ごすと、ハジメは雷太の存在にはまったく気がつかず普通に大通りの方へ向かって歩いて行った。


(なんだ……!? 菜乃花をどこにやったんだ!? まさか、この男、マジシャンなのか!?)


 雷太はハジメの後を追った。



 ◾️ ◾️ ◾️



「女子高生に痴漢したあげく、あんな人気のない路地に連れ込んであんなえろいことして!! その上誘拐まで!! 一体、菜乃花をどこに隠したんだ!! この変態マジシャンめ!!」


 雷太の言葉に、ハジメは目を見開いて驚いた。


(このガキ……頭大丈夫か!? なんでそうなる!?)


 もちろん、雷太の言っていることは全て誤解だ。

 ハジメは菜乃花をどこにも隠してないし、痴漢行為も路地で不貞行為もしていない。

 そして、マジックなんて一つもできない。



「今の話、本当か? 比目!! いくら、お前たちが村長公認の仲だとはいえ、公衆の面前でそんなことをするなんて、公務員としては問題だぞ!?」

「村長公認!? なにそれ!? どういうことだよ駐在さん!! この変態マジシャン、一体何者!?」

「いや、落ち着け!! ジンさんも、わざとそういう事言うのやめてください! 俺がそんな事するわけないってわかって言ってますよね!?」

「なんだ……流石にバレたか」

「なんだじゃない!! 一体どう言う事だよ、なんなんだよ、お前誰なんだよ!!」


(なんだこれ、もうめちゃくちゃだな……)


 興奮する雷太の肩にポン、と手を置いてハジメはわかりやすく説明した。


「いいか、雷太くん。まず俺はマジシャンではない。この駐在所の警察官だ」

「警察官!? じゃぁ、警察官が女子高生にえろいことを!?」

「違う! そこが違う!! 俺は何もしていない!! 真実はこうだ————」




 ◾️ ◾️ ◾️



 最寄り駅から乗った電車は、ほとんど乗客がいないため普通に座れるし、なんなら貸切状態だった。


「おい、こんなに空いてるのにくっつくなよ」

「いいじゃない。彼氏と一緒に登校するなんて、青春ぽくて楽しいんだもん」


 数本しか電車がないため、菜乃花が普段通学に利用している時間帯になるのは仕方がないとして、まさかここまでべったりくっつかれるとは思ってなかったハジメ。

 一方、いつも一人で一時間も電車に乗っていなければならない菜乃花は、ハジメと一緒に登校できるとはしゃいでいた。

 手を握り、ハジメに寄りかかって、ニコニコと笑っているのだ。


「ハジメくんお買い物に行くんでしょ? 何買うの?」

「色々だよ。これからさらに寒くなるし、防寒のものとか……」

「そっか……確かに、村じゃそんなもの売ってないもんね。おじいちゃんが履く股引とかなら売ってるかもだけど」

「白いから余計ダサく見えるよな……その上、長い靴下も履いて」

「ふふふ……うちのおじいちゃんも、寒がりだからあんなヤクザみたいな格好してるくせに履いてるよ」


(村長……孫にもヤクザみたいだと思われてるんだ)


 菜乃花はいつも以上に嬉しそうで、楽しそうだった。

 次の駅で乗客が数人乗ってくると、迷惑にならないように小声で話す菜乃花の可愛さに一瞬ときめいたものの、気のせいだとごまかしながらハジメはやり過ごした。


 だが、問題はこの後だ。

 目的の駅について、学校へ向かわなければならない菜乃花と別れようとしたのだが…………


「痛い!」

「えっ!? なんだどうした!!」

「あ、待ってハジメくん! やめて動かないで!!」


 菜乃花の長い髪が、ハジメの着ていたコートの一番下のボタンに引っかかってしまっている。


「あぁ、絡まってるな……」


(いつのまに……)


 駅では割と人通りが多く、立ち止まってしまっては他の通行人の邪魔になる。

 二人は人がいないところまで少し歩いて、邪魔にならないところで髪を解くことにした。


「どうだ、取れそうか?」

「うーん、もう少し」


 菜乃花は膝をついて、見やすい高さで懸命に髪を解く。


「あっ……いきそう……! ここをこうすれば……!」


 するりと髪が解け、安心したもの急がなければ遅刻すると、菜乃花は慌てて立ち上がる。


「本当は途中まで一緒に行きたかったけど、ちょっと近道して行くね! ハジメくん、また後で!」

「おぉ、気をつけろよ」


 菜乃花は路地の奥へ進んで、左に曲がった。


 ◾️ ◾️ ◾️



「————だから、俺は女子高生にえろいこともしてないし、マジシャンでもない。わかったか?」

「……そ、そんな」


 雷太はハジメから事実を聞いて、納得した。

 全ては、雷太の誤解だった。


 というか、行きすぎた妄想だった。



「それならいいんだ。じゃぁ、菜乃花は無事なんだな?」

「ああ、だからそう言ってるだろう。何も起きてない。それより、雷太くん、俺の後をつけて来たってことは……学校はサボったのか?」

「……それは! ……っ……菜乃花が心配だったから————」


 雷太はさっきまでの生意気な態度はどうしたのか、急に恥ずかしそうにもじもじしていた。


(あれ……? もしかして、こいつ……————)


「お、幼馴染が変態マジシャンに誘拐されたかもしれなかったんだぞ!? 学校なんて行ってる場合じゃないだろ!?」


(菜乃花のこと————)



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