第二章 火の用心

第13話 駐在くん、男子高生に睨まれる


(なんだろう……ものすごい視線を感じる)


 クリスマスイブ前日、駅から駐在所へ向かって私服で歩いていたハジメは、後ろからものすごい殺気のようなものを感じていた。

 なんの事件も起きないど田舎の女人村で、平和ボケしていたところだったせいか途中まで全く気がつかなかった。


(一体、どこからついて来てるんだ?)


 雪や雨が降っているわけでもないのに、黒いダウンコートの男が、ずっとハジメの後を一定の距離を保ってついて来ているのだ。

 この日はオフだったハジメは、朝、菜乃花が登校するのと同じ時間帯の電車に乗って同じ駅で二人は別れた。

 菜乃花は学校へ、ハジメは買い物のために。

 あの男の視線に気づいたのは、女人村に戻って来てからだ。


(村の人じゃない……よな? 不審者だな……どう考えても————まさか、菜乃花について来てたストーカー? いや、あれはなんか、幽霊がどうのこうので、とくわからないけど解決したっぽかったし……)


 色々な考えが頭をよぎる。

 今の所、ものすごい殺気を発しながら、ただ後ろをついて来ているだけで確証がなく何もできないのだ。

 凶器でも所持していたら、わかりやすく逮捕できるのだが、ダウンコートにリュックを背負っているだけで、男は手に何も持っていない。


(もしかして、俺のストーカー? いやいや、そんなわけ……あー……でも、完全にありえないってことはないか————あの人だって……————いや、思い出すな)


 忘れようと思っていた記憶まで頭をよぎってしまい、ハジメは打ち消すように頭を左右に振った。


(もう少し歩こう。それでもまだついてくるようだったら……取り押さえるしかないな)


 今は私服でも、ハジメは警察官だ。

 男一人くらいなら、簡単に制圧できる。

 油断しなければ。


 ここが建物の多い町中とかなら、路地に入って目を離した隙に……なんてこともできるのだが、あいにく道は一本しかない。

 ハジメは道の脇に高く積まれた雪の山を利用して、追ってくる男の死角に入った。


 男は急にいなくなったハジメを探してキョロキョロと周りを見渡す。


(やっぱり、俺の後をついて来てたんだ!)


 警察学校で叩き込まれた逮捕術を利用して、ハジメは油断している男を後ろから取り押さえた。


「うわっ!!」

「誰だ! どうして俺の後をつけてくる!!」

「くそ……動けない……っ!!」


 男は必死に抵抗するが、現役の警察官であるハジメには、武術の心得でもない限り反撃することは不可能だ。


「あんたこそ、誰なんだよ!!!」

「は!? お前が俺をつけて来てたんだろうが!!」


 近くで見たら、だいぶ若い男だった。

 詰襟の学ランをダウンコートの中に着ているのが見えた。


(……高校生?)



 * * *



 ハジメが捕まえた不審者は、男子高生だった。

 それも、菜乃花と同じ学校の。


雷太らいた!?」


 ハジメはこの男子校生と面識は全くなかったのだが、駐在所へ連れて行ったら仁平が驚いた顔で目をパチクリさせていた。


「ジンさん、知ってるんですか?」


 雷太と呼ばれたこの男子高生は、口を尖らせてふてくされながらも仁平に軽く会釈した。

 だが事情聴取のために椅子に座らせたものの、足を組み、腕を組み、態度が悪い上にハジメを睨みつけている。


「ああ、火野雷太だ。火野さんとこのお孫さんだよ」

「火野さん? あぁ、あのおじいさんの」


 仁平の話によると、この雷太は村の住人、火野一郎さんの孫で、雷太の中学入学のタイミングで隣町に引っ越したらしい。

 夏休みや年始なんかには帰省するため、仁平とも年に数回顔を合わせていた。


「どうして、平日のこの時間にこの村にいるんだ? 冬休みは明後日からだろう?」


 仁平が雷太に尋ねると、雷太はハジメを指差した。


「駐在さん、こいつ、菜乃花に……えろいことしてたんだ。俺じゃなくて、こいつを逮捕してよ!!」

「は!? 俺!?」


(何言ってるんだ!?)


 突然、全く身に覚えのないことを言われて、ハジメは焦る。

 菜乃花に誘惑されることはあっても、ハジメから菜乃花に……なんてことは、ありえないことだ。


「おいおい、一体どう言うことだ? 一体何があった? ちゃんと事情を話してみろ、雷太」

「こいつ、今朝、駅前で————」




 ◾️ ◾️ ◾️



 今朝、通学のため駅前を歩いていた雷太は、衝撃的な場面を目撃した。

 幼馴染の菜乃花が、男と歩いていたのだ。

 小学校まで女人村で育った雷太は、もちろん村に唯一ある小さな小学校出身。

 二人は同級生で、中学は雷太が引っ越したため別々の学校であったが、高校でまた同じ学校になった。


 クラスは違うが、菜乃花の男子人気っぷりは雷太の耳にも届いている。

 時には、幼馴染である雷太にどうしたら菜乃花と付き合えるか、という相談までしてくる男子もいた。

 雷太は菜乃花の幼馴染であるという優越感に浸りながら、真剣にアドバイスをしたり、手助けしたりしたのだが、菜乃花はまったくもって誰とも付き合う気がないようで、みんな冷たくあしらわれてしまう。

 そのうち、学校では男子から難攻不落の氷姫こおりひめなんて異名をつけられるほど、菜乃花はクールだった。


 野球部の先輩も、サッカー部のエースも、生徒会長もイケメンだと女子に騒がれている教師だって玉砕するあの菜乃花が、男と駅前を腕を組んで歩いていたのだから、衝撃でしかない。

 それも、イケメンかと聞かれれば微妙な男とだ。


(まさか、パパ活!? いや、待て、パパ活ってあれだろ? 金持ちのおじさんがやることだろ? おじさんって言うほどの歳じゃなさそうだし、金持ちにも見えないぞ……)


 明らかにどこかの他校生というわけでもない、年上の男と寄り添って歩いるのが気になり、雷太二人の後をつけた。


 離れているのと駅前ということもあり雑音でよくは聞こえないが、「痛い」だの「やめて」だの聞こえてきて、雷太は不安になる。


(まさか、あの男に無理やり連れて行かれているのか!?)


 二人は人気のない狭い路地へ入っていく。

 雷太はさっと壁に張り付いて、気づかれないように路地の方を見た。


(おいおいおいおいおいおいおい!!)


 雷太が見たのは、立ち止まり前屈みになっているハジメの後ろ姿と、膝をついてハジメの股間あたりでもぞもぞと手を動かしている菜乃花の頭だった。


(おいおいおいおいおいおいおい!! 朝っぱらから、何してるんだ!?)


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