第12話 駐在くん、心配になる


 よく見たら、男は一人ではなかった。

 菜乃花の前に座っている男と、その近くにもう二人いる。

 大きなエナメルのスポーツバッグを三人とも肩から下げていた。

 部活帰りの高校生だ。


「校外で会うの初めてじゃない? ねぇ、一人?」

「……違うけど。っていうか、勝手に座らないでくれる? なんなの」

「なんなの……って、相変わらず冷たいなぁ」


 座っている男子高生が喋り、他の二人はその様子を見ているという感じだ。

 ハジメはそっと近づきながら、内心かなり動揺する。

 その座っている男子高生は、かなりのイケメンだったからだ。

 完全に美男美女同士で、まるで青春映画のワンシーンのようだった。


(誰だこいつ……同級生とか、か?)


 男子高生の方は、菜乃花に関心があるようだが、菜乃花はまったく関心がないようで、無表情。

 いつもハジメの前で見せるような笑顔でも、ハジメの顔が好きだと言った時のうっとりとした表情でもなく、ツンとしたクール美人という感じだった。


「本当に俺と付き合う気ないの? なんで?」

「なんでって、タイプじゃないからよ。何度も言わせないでよ」

「前もそう言ってたけどさ、根倉さんの好きなタイプってどんな人なの?」

「……そうね、真面目そうで、一途そうな人……私のことを大事にしてくれる」

「それなら、俺だって、大事にするよ? 浮気だってしないし」

「あとは、これが一番大事なんだけど……」


 菜乃花はフッと鼻で笑った。


「人間だけじゃなくて、動物も可愛がってくれないとね」

「……は?」

「特に、


 菜乃花が猫と言った瞬間、男子高生の表情がひきつる。

 それまで饒舌だった彼は押し黙り、かわりに疑問に思ったその友達が言った。


「猫? それなら、当てはまってるだろ? 昨日、俺の家に来た時言ってたよな? 飼ってた猫が死んだばかりだって————それでうちの猫と仲良く遊んでたじゃんか」

「…………」


 やはり彼は何も喋らない。

 友達の方は首をかしげる。


「おい、どうした? 条件的に当てはまってるんだから喜べよ?」

「…………」


 菜乃花はまたフッと鼻で笑い、蔑むように言った。


「あなたの家の猫、本当に死んだの? 殺したんじゃなくて?」


(殺した……!?)


 菜乃花は、彼は猫を殺したのだと言い出した。

 動物虐待だと。

 だが、友達二人の方はそんなことをするわけないだろうと、彼を擁護する。


「そんなことするわけないだろ! 何を根拠に!! 昨日うちの猫と遊んだ時だって、別に何もなかったし」

「そうだ!! いくらなんでもそれはないだろ!! こいつに告白されたのが面倒だからって、そんな適当なこと言うなよ!」


 友達二人が菜乃花を攻め立てるが、本人は真っ青な顔で何も言わずに立ち上がった。


「もういい、帰ろう」


 一言も反論せず、彼はその場を立ち去った。

 友達は怒っていて、なんだあの女と、菜乃花を悪く言いながら彼の後を追いかける。


 騒がしかった彼らのせいで、気づけば他の客たちからチラチラと好奇の視線を向けられていたが、菜乃花は気にせずにハジメの方を見た。

 先ほどまで彼らに向けていた冷たい表情とは違う、いつもの可愛らしい顔で。


「ハジメくん、なんで立ってるの?」

「いや、なんでって……今の、一体なにがどうなってるんだ?」


 トレーを置いて、ハジメは菜乃花の前に座ると、菜乃花はポテトをつまみながら言った。


「見えたものを、そのまま言っただけ。さっきの人、本当にしつこいし、猫の怨念的なのが憑いてた。何匹も」

「な……なんだって!?」


(またそれか……)


 美味しいご飯と、Fカップのせいですっかり忘れていたが、菜乃花は不思議な力を持っている。

 それが本当かどうか、信じるか信じないかは自由だが、ハジメは信じないことにしていた。

 怖いからだ。


「それに、私のタイプはハジメくんだもん。真面目そうだし、一途だし、優しいし……何より顔が可愛い」


 ニコニコと微笑む菜乃花。

 可愛いなんて言われ慣れていないハジメは、顔を真っ赤にしながら誤魔化すようにハンバーガーにかぶりついた。


(可愛いってなんなんだ……可愛いって————わからん)


 生まれてこのかた、女子に可愛いと言われたことがない。

 もちろん、かっこいいと言われたこともない。

 ハジメは菜乃花の可愛い基準がきっと一般論よりかなりズレているのだろうと思った。

 そして、心配になってくる。


「……俺のことはどうでもいい。それより、大丈夫なのか? 学校で悪いように言われたりしないか?? いじめられたりとか……」

「大丈夫よ。全部本当のことだもん。心配してくれてありがとう」


 菜乃花はそう言うと、ハジメと同じようにハンバーガーに口をつけた。


(本当のこと、か————)



 □ □ □


 一方、先ほどの男子高生たちはショッピングセンターを出たところだった。


「どうして何も言わないんだよ!! あの女、確かに見た目は可愛いけど、おかしいだろ!?」

「そうだよ! あんなにうちのむぎを可愛がってたお前が、そんなことするわけないんだから!!」


 菜乃花の発言に憤慨している二人は、動物を虐待していると言われた本人が何も言わずにいることにも腹をたてる。

 友達が根拠のない言いがかりをつけられたのだから、無理もない。


「……あぁ、そうだな」


 しばらく黙っていた彼は、二人の態度に考えが変わったのか、真っ青だった顔はいつも通りのイケメンに戻っていた。


「俺は何もしてないし、あの女、根倉菜乃花がどうかしてるんだ……」


 彼がそう言ったその時だった。

 昨日、飼い猫のを彼に紹介した友達のスマホに母親から電話がくる。


「なに、母さん」

『今……むぎの様子がおかしいから、病院に来たんだけど……』

「え……」

『先生がいうには、殴られたんじゃないかって。虐待を疑われたわ……なにか知らない?』


 友達は彼を見た。


「どうした? 早く帰ってこいって?」


 彼はいつも通りの表情で、笑っていた。



 □ □ □




「あ、ハジメくん! ソースついてるよ」

「えっ、どこ?」

「ここ」


 ハジメの口元についた照り焼きのソースを、菜乃花は指で拭きとり、その指を舐めた。


「お、おい!」

「あ、直接舐めて欲しかった?」

「あのなぁ……そういうことじゃなくて————」


 もうソースはついていないのに、菜乃花は顔をぐいっと近づけて、指で拭き取った同じ場所をペロリと舐める。


「お……お前っ!!」

「ふふ……ハジメくん顔真っ赤だよ? 可愛い」

「う、うるさい!!」


 周りから見たら、ただのイチャついている可愛いカップルだ。

 さきほどまで何かもめているようで好奇の目を向けられていた菜乃花の席は、今は別の意味で注目されていた。


 まさかこの女子高生が他人とは少し違う、変わった女の子であるなんて誰も思いもせずに————





——————————


色々謎を残したままですが、第一章はここまでです。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも面白いと思っていただけたら、応援、コメント、星評価、レビューなどなど何かしら反応を残していただけると嬉しいです^^

よろしくお願いします!


次回、第二章 火の用心

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る