第9話 駐在くん、思い出す
美里が置いていった包みを開けて、中身を確認していると仁平はハジメに訪ねた。
「なぁ、比目。俺はてっきり、世間体を気にして菜乃花ちゃんを受け入れないと思ってたんだが……もしかして、他にも原因があるのか?」
「……ええ、それも確かにそうです。だって、常識的に考えてください。大学生が女子高生とならまだわかりますけど、俺、警察官ですよ? もしそんなことしたら、どう思われるか……それに、親のこともあるんです」
「親のこと?」
「俺の父は————高校の教師だったんですけど——……」
◾️ ◾️ ◾️
ハジメが小学生の頃、両親は離婚した。
高校の教師だったハジメの父が、不倫をしていたからだ。
それも、相手は教え子で、ハジメの兄が中学の時同級生だった十七歳の女子高生。
「女子高生……女子高生と不倫だなんて…………!」
当人たちは真剣に交際していたそうで、しかも子供までできたとか。
小学生だったハジメはまだよく理解できていなかったが、妹か弟が自分の母親からじゃなく、よく家に遊びに来ていた制服のお姉さんから生まれるなんて喜べなかった。
近所からは白い目で見られたし、危うく相手側の親から訴えられるところだったのだ。
責任を取って、父はその女子高生と再婚したが、まるで捨てられたような形になってしまった美里の方は、女子高生に対する恨みが募るばかり。
「いい、二人とも。絶対に、女子高生とは関わっちゃだめよ!」
「女子高生になんて、騙されちゃダメ!」
「何よこのアニメ!! こんな破廉恥なもの見ちゃダメ!!」
映画やドラマ、アニメなんかでも女子高生が出てくるものは一切見させてはもらえず……
密かに兄が同級生の彼女と歩いていたのを目撃した時には大激怒。
「女子高生はダメだって言ったでしょ!! 別れなさい!! 今すぐ別れなさい!!」
男子高校生が女子高生と交際するのは別に普通のことなのだが、その日以来比目家では女子高生とは一切の関わりを禁じられたのである。
そして、ハジメも中高一貫の男子校に入れられて、完全に女子高生との関わりを絶たれた。
数年後、医大に行った兄は大学生の彼女ができたらしいが、ハジメは女子高生どころか、女性との関わりがまったくないまま、高校を卒業してすぐに警察学校へ。
同期に女子は数名いたものの、そこでもあまり関わることはなかった。
◾️ ◾️ ◾️
「————なるほど、そういうことか」
仁平はハジメから話を聞いて納得した。
頑なに女子高生はダメだといっていたのは、そのせいだったのだと。
「お母さんもお前さんも、辛い目にあったんだな。だからあんなにお母さんが女子高生を嫌っていたのか」
「そうなんです。だから、別に俺は女子高生がダメなだけで、それ以外だったら大歓迎なんですよ。まぁ、今の所一度もそんな機会すらありませんでしたけど————」
高校を出てから合コンに呼ばれたこともあったが、警察だとわかった瞬間に怖そうだと思われてしまうし、生まれてこのかたモテたことが一度もないハジメ。
この女人村行きが決まった時も、左遷されたのは腑に落ちなかったがもしかしたら彼女ができるかも……と思っていたらこの村の女性陣に適齢期の独身女性は一人もいない。
さらに、初めての告白はちょっと変な女子高生からだった。
「俺って、女運がないんでしょうかね? ははは……」
ハジメは笑っていたが、仁平はハジメがかわいそうな奴に思えて仕方ない。
家庭を持って、この村を出ていった遠くの息子より、今目の前にいるこの不憫な部下を大事にしてやろうと、元気付けるためにこんなことを言った。
「隣町のスナックにでも飲みに行くか?」
「スナック……?」
「辛いことは、飲んで忘れるのが一番だ。あそこのママはいい女だぞ。最近新しく若い子も入ったそうだ。たまには息抜きも必要だぞ」
「酒……そういえば、しばらく飲んでないですね」
翌日の勤務に響くからと、真面目なハジメはあまり酒を飲むことはなかったが、昔のことを口にしたせいでなんだか色々思い出してしまった。
ちょうど、明日は丸一日休みの日だ。
この日の夜、飲んでも問題はないだろうと、ハジメは仁平に連れられて隣町の飲屋街へ。
一応緊急時に対応できるように、仁平は酒は飲まないでいたが、ハジメはベロベロに酔っ払い、仁平に支えられながら駐在所へ戻って来た。
「おい、いくらなんでも酔いすぎだろう……大丈夫か?」
「だいじょーぶっす! ジンさん、今日はありがとーーございまひたぁ」
呂律が回らず、ハイテンションのハジメをなんとか居住スペースに押し込んで、仁平は自宅に戻る。
畳の上で、なにかブツブツと一人でずっと喋っているハジメは、その場で眠ってしまった。
* * *
翌朝————
寒さで、ハジメは目を覚ました。
寒さの原因であろう、寝ている間に蹴飛ばした毛布と掛け布団が無残にも足元に固まっている。
さすがにこの真冬にパンツ一枚で寝ているのは寒い。
(……ん? 俺、なんでパンイチなんだ?)
夏場ならわかるが、普段寝る時きている着古した黒いTシャツとグレーのスウェットは部屋の端に昨日の朝脱ぎ捨てたままのその形で残っていた。
(うわ……頭痛ぇ……あれ? あー……えーと……俺、どうやって帰って来たっけ?)
仁平と飲屋街に行ったことは覚えている。
おすすめのスナックで、若いお姉さんが接客してくれたことも。
(あのお姉さん、名前なんだったっけ? ……えーと、あー……マホさん? マナさん? マイさん? なんかそんな名前だったな……Eカップの人)
なぜか胸のサイズを話していたのは覚えているのだが、それから先の記憶はすっぽりと抜けていて、痛い頭を押さえながら起き上がり、とにかくシャワーでも浴びようと洗面所へ。
(あ?)
しかし、ボイラーの電源を入れようとしたら既にボイラーは動いているし、設定温度も四十度になっている。
それに、なぜか風呂場からシャワーの音も……
(俺、シャワー止めずに寝たのか?)
ハジメは風呂場のドアに手をかけたが、視界に入ったありえないものに気がついて、手を止める。
(ま……待て。なんだ。今のは————)
真横にある脱衣カゴの上に、赤い何かがある。
赤いレースのブラジャーだ。
見たことのない、大きなブラジャーだ。
「えっ!?」
(誰かいる!!? 女!? えっ!?)
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