第7話 駐在くん、噂になる


 村長に殴られて、ハジメの体は後ろに倒れた。


「ハジメくん!!」


 一瞬のことに驚いて、唖然としてるハジメは動くことができず、ハジメを心配して菜乃花がしゃがんだため、セーラー服のスカートの中が丸見えだったのだが、残念なことに今日は厚手の黒タイツを履いていて、何にも見えなかった。


(せめて見えたら……いやいや、殴られてたのに何を考えてる俺——あほか)


 殴られて後ろに倒れるなんて、この状況に驚きすぎたのか変なことばかり考えてしまうハジメ。

 どうやら打ち所が悪く、意識を失ってしまった。


「ハジメくん!! ハジメくん!?」

「おい、比目!!? 大丈夫か!?」


 ピクリとも動かないハジメ。

 孫に手を出したと思って、頭に血が上り、ついつい殴ってしまったがまさかこんなことになるなんて、村長は思いもせず……


「お、おい、大丈夫か? 駐在くん」

「どう見たって大丈夫じゃないわよ!! 何してくれてんのよ!!」

「す……すまん」


 可愛い孫娘に怒られて、しゅんとする村長。

 仁平は呆れながら、無線で救急車を呼んだ。


「至急至急、暴行事件発生。場所は女人村駐在所内————」

「え、ちょっと待ってくれ、ジンさん! もしかして、わし、捕まるのか!?」

「宗治さん、いくら頭に血が上ったからって、暴力はいかんよ。それにここ、駐在所。相手は若くても警官だから……公務執行妨害で現行犯逮捕ね」


 この後、到着した救急車で近くの病院へ運ばれたハジメは意識を取り戻し、軽い脳震盪を起こしただけで済んだ。

 深く反省している村長の姿を見て、とっさに受け身を取れなかった自分も悪いと大ごとにはならなかったのだけれど、問題はこの後だ。


 駐在所に救急車が来たせいで騒ぎになり村全体に「村長が駐在くんを殺そうとした」という噂が流れたのである。

 そして、一気に肩身が狭くなった村長は、ハジメが菜乃花に迫ったのではなく、菜乃花がハジメに迫っているということを知り、退院して戻って来たハジメに向かって深々と土下座をする。


「本当に申し訳なかった。駐在くん。誤解してすまなかった。菜乃花の方が君に付きまとっていたようで……」

「いえ、そのまぁ、わかっていただけたなら、それでいいんです! 顔をあげてください」


(見た目ヤクザみたいな人だと思ったけど、やっぱり村長なだけあって、きちっとしてる人なんだな……)


 実は初めて村長の顔を見たときにヤクザだと思ったことを反省したハジメ。

 人は見た目で判断してはいけないのだと、改めて思った。


「お詫びに、菜乃花との仲を認めよう。うちの孫を、可愛がってやってくれ」

「……はい?」

「菜乃花を君に嫁がせよう」

「……え?」


(ん? 何言ってんだ?)


 わけが分からず、ハジメが困っていると、そこへ白無垢姿の菜乃花が現れて……


「ハジメくん、私、お詫びとしてハジメくんに嫁ぐことになったから————これからよろしくね」


 そう言って、ウインクを飛ばされる。


「は!?」

「不束な孫ですが、どうぞよろしく……では、わしはこれで……後は若い二人で仲良くな」

「いや、村長!!? ちょっと待ってください!!」

「うん、ありがとう、おじいちゃん」

「うんじゃない!! 孫を置いていかないでください!! 村長!!?」


 ハジメの話なんてこれっぽっちも聞いてくれなくて、目に涙を浮かべながら、村長は菜乃花と菜乃花の嫁入り道具を置いて家に帰って行った。


「うふふ……よろしくね、ハジメくん」

「菜乃花ちゃん、どういうことかな? これは?」

「菜乃花ちゃんだなんて……もう、妻なんだから菜乃花って呼んでよ、ア・ナ・タ♡」


 菜乃花はわざと吐息混じりにそう言って、唖然としているハジメの肩をツンっと人差し指でつつく。


(お詫びに孫を嫁がせる……て、なにこれ? 今って、何時代だっけ?)


 あまりに時代錯誤な展開。

 しかも、村中に「駐在くんはお詫びに孫娘をよこせと要求した」と、噂も広がっていた。


(何この状況……え、俺、本当にこの子と結婚しなきゃならないのか?)



「幸せにしてね、ハジメくん……あ、ううん、違うわね。私が幸せにしてあげるから、覚悟してね」

「いや、待て! なんでこうなる!?」

「仕方ないじゃない。ハジメくんが私のタイプだからよ」

「俺の好みは!? 俺のタイプは関係ないのか!?」

「え、なに? ハジメくんは、私が可愛くないの? この顔のどこが不満だっていうの!?」

「可愛いけど……!! って、そういう問題じゃなくて——!! 俺にだって好みのタイプというものが……——」



 いつも通り拒否しようとしたハジメ。

 だがよく考えたら、好きな芸能人や初恋の幼稚園の先生なんかも菜乃花と同じ系統の顔をしていると思い始めてしまった。

 しかし、相手は高校生で、自分は左遷されたとはいえ警官。

 菜乃花どんなに誘惑されたとしても、女子高生と交際なんてことが知れ渡ってしまえば、いくら保護者が同意していようが世間からは色々と疑われるだろう。


 それに、それだけではなく、もう一つハジメには女子高生には絶対に手を出しちゃいけない理由があるのだ。


(いや、ダメだ。まだ……ダメだ。せめて十八歳になるまでは……! それに俺、この子が好きかどうかも分からないのに)


「とにかく、ダメなものはダメだ!!」


 このままではいけないと思ったハジメは、嘘をついた。


「俺は、年上が好きなんだ!!」


 本当は年齢にこだわりなんてない。

 むしろ、今まで誰とも付き合ったことがないハジメは自分のタイプなんてわかっていない。

 それでも、積極的すぎる菜乃花を諦めさせるには、これが一番だと思った。


(これで、どうだ……!)


 しかし————


「ハジメくん……嘘ついてるのバレバレだよ? そういう真面目なところも、可愛いね。大好き」


 そう言って、菜乃花はデレデレ笑いながらハジメの肩をまたつついた。




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