第6話 駐在くん、村民と交流する


「駐在くん、少し太ったんじゃない?」

「幸せ太りってやつかい?」


 今日もパトロールをしていると、村に唯一ある日当たりのいいバス停のベンチに座って、雑談している奥様達に声をかけられたハジメ。

 夜になるとグッと冷えるが、昼間の太陽が照らすこの場所は暖かい。


 ハジメはもう、すっかりこの村に馴染んでいて、いつの間にか駐在くんと呼ばれるようになっていた。

 昔からこの村にいる仁平のことは駐在さんと呼んでいるため、区別するために若いハジメのことを駐在くんと呼んでいるようだ。


「幸せ太りって……俺、別に結婚とかしてませんよ?」

「あら、そうなの? でも美味しそうなお弁当、お昼に食べてるって誰だったか言っていたわよね?」

「そうそう、幸せそうな顔でね。この村に最初に来た時より肌艶もよくなってる気がするし」

「そ、そうですか?」


 本当にそう見えるなら、思い当たる点は一つしかない。

 菜乃花の料理だ。


 登校するのに電車で一時間かかるような高校に通っているのに、毎日かかさず昼の弁当と晩御飯をしてくれている。

 毎日美味しいおかずが食べられるのはありがたい。

 せめて食材費だけでも払わせてくれと言ったら言ったで、自分が食べる分のついでだから……気にするなと言われていた。


「それじゃぁ、町の方から彼女でも来てるのかい? この間夕飯時に駐在所の横を通ったんだけどカレーのいい匂いがしてたよ」

「まぁ! 駐在くん前にいた町ってどのあたりだい? 結構遠いんじゃないかい?」

「町というか……市の方だったんですけど……」

「あらら、そんな都会から、こんな田舎まで…………一体、何をやらかしたの?」

「や……やらかしたって……いや、俺は別に何も悪いことは……」


 奥様達はよそ者のハジメの話に興味深々。

 この村はあまり外部の人間が来るような村ではないし、見知った顔ばかりでほとんど同じ話を繰り返しているからだ。

 ハジメの前任者のことも何故か色々知っていたようで、村内での情報の拡散力は凄まじかった。


(うーん、余計なこと言ったらすぐに広まりそうだな……)


 ハジメはこの村へ来ることになった理由を、誰かに話すつもりはない。

 思い出したくもないのだ。

 純粋な目で楽しそうにグイグイ聞いて来る奥様達の対応に困っていると、バス停の反対側の方から菜乃花がハジメを見つけて走り寄って来る。


「もうハジメくん何してるの! 駐在さんが呼んでたよ!」

「え!? ジンさんが!?」

「早く早く! こっちこっち!」

「すみません、失礼しますね……!」


 菜乃花はハジメの腕を引っ張って、奥様達から引き離した。


「あらーもっとお話し聞きたかったのにー」

「そうよねぇ……あぁそういえば、お話しといえばウチの孫の小学校がね」


 奥様達の話題はハジメが離れてもすぐに代わる。

 気にせず菜乃花に腕を引かれながら、駐在所まで引き返した。




 * * *



「ジンさん! 何かあったんですか!?」


 慌てて駐在所の中へ入ると、大福を頬張っている仁平がいた。


「何か……? 何かって、なんだ?」

「……え? 俺を呼んでるって……菜乃花ちゃんが」

「呼んでる? 誰が?」


(あ、あれ?)


 仁平と話が噛み合わず、ハジメは自分を呼びに来た菜乃花の方を見る。


「……どういうことだ?」

「ごめんごめん、困ってるみたいだったから」


 菜乃花はニコッと笑いながらそう言って、ハジメの腕にぎゅっと抱きついた。


(……俺の肘に何か柔らかいものが…………————って、落ち着け俺)


「それに、あのおばさん達、いっぱいいろんなこと聞いてくるし、すごくおしゃべりなの」


 制服の上からとはいえ、思いっきり菜乃花の胸が当たっているせいでついつい動揺してしまうハジメ。

 なんとか動揺を鎮めようと、脳内で念仏を唱え始めた。


「悪い人じゃないのはわかってるけど、私あんまり好きじゃないんだ。私のこと、変な子だって言ってたこともあるの……死んだママの悪口だって……ある事ない事————」


(南無阿弥だ……——死んだママ?)


 ハジメは菜乃花の母親がすでに亡くなっているというのは知らなかった。

 てっきり村長と一緒に住んでいるものかと。

 いつも勝手に駐在所に入り浸って、好きだの可愛いだの言ってハジメを誘惑しては困らせているけど、菜乃花の家の話を聞いたのは初めてだった。


(何を考えているかよくわからない、変わった子だとは思っていたけど……複雑な家庭環境とかなのか?)


 一瞬、少し暗い表情で下を向いた菜乃花だったが、すぐにパッと顔をあげていつものハジメをからかうような笑顔に戻る。


「それよりハジメくん、今日のお弁当美味しかった?」

「……あぁ、うまかったけど——って、なんでこの時間にここにいるんだ? まだ平日の昼間だぞ?」

「テスト期間中だから、意外に早く終わったの。ハジメくん、この私のご飯が美味しくていいお嫁さんをもらったと思っているだろうけど、これでも菜乃花は女子高生なのだよ」

「……嫁にもらった覚えはないんだが」


 いつの間にか、彼女を通り越して嫁になっている。


「ひどい! 私たちの仲なのに!」

「そうだぞ、比目。男なら責任を取らないと……菜乃花ちゃんはいいお嫁さんになるぞ」

「責任って!! 茶化さないでくださいよジンさん!! 高校生となんて犯罪です!」

「ははは! 本人同士の同意があれば問題ないぞ」

「だってさ」

「だってさ、じゃない! 俺は同意してないんだ! いい加減離れろ!」


 ハジメは菜乃花の手を振りほどこうとしたが、菜乃花は抵抗。

 さらにぎゅーっとハジメの腕に抱きついて離れない。


(だから、当たってるんだって……!)


「離せ!」

「嫌だ! ハジメくんは私のだもん」

「だから、そういうのじゃなくて……——」


 二人が押し問答をしていると、駐在所のトイレから水の流れる音が聞こえて来て————



「菜乃花……! お前、ここで何してるんだ!!?」


 綺麗に整えられたちょび髭にパンチパーマ、大きな龍の刺繍のトレーナーを着たまるでヤクザのような雰囲気の老人が手を拭きながら出て来た。


「おじいちゃん……!」

「そ、村長!! どうして、ここに……!!」



 ハジメに抱きついている孫を見て、村長は顔を真っ赤にして怒る。


「おい! そこの若いの!! わしの孫に何をしとる!!」

「え、ちょっと、落ち着いて……——」


 老人とは思えない強烈なパンチが、ハジメの顔に飛んできた————



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