第5話 駐在くん、村民の役に立つ


 菜乃花の案内で、ハジメは無事に火野家に着いた。

 しかし、チャイムを鳴らしても応答がない。

 というか、そもそもチャイムの音が室内で鳴っているようには聞こえなかった。

 居間の電気はついているし、テレビかラジオのような音は聞こえてきているのに。


(おかしい……どうして出てこないんだ)


「鍵なら開いてると思うよ」

「えっ?」


 玄関の引き戸をガラッと開くと、菜乃花はハジメより先に玄関へ入った。


(本当に開いてる……不用心だな)


「火野のじっちゃーん、いるー?」


 菜乃花が大きな声で玄関からそう叫ぶと、数秒遅れて返事が返ってくる。


「あいよー……! 誰だーい?」


 電気がついていた居間からではなく、別の部屋から腰の曲がったじいさんが出てきた。

 菜乃花の方を見て微笑んだかと思うと、その後ろにいるハジメの姿を閉じてるのか開いているのかよくわからないくらい目を細めて見上げる。


「誰だい……あんた、駐在さんにしては随分若返ったような……」

「じっちゃんが電話したんでしょ? だから来たんだよ。いつもの駐在さんは今日はお休みだから、代わりにこのが」


(駐在くん……? なんだそれ)


「あぁー……なんだい。そういうことかい。……まぁ、あんたでもいいか。ちょっと助けてくれよ」


 助けてくれと、電話してきた割には随分のんびりしている火野のじいさんは、とにかく中に入れとハジメと菜乃花を家に上げると、先程まで自分がいた部屋のドアを開ける。


(なんだ? 事件……じゃないのか?)


 よくわからないまま、火野のじいさんのゆっくりとした動作を見ていると、じいさんは天井を指差した。


「電気が切れてしまって……何回押しても明かりが点かないんだ」

「え……それだけ?」

「それだけとはなんだぁ……いつもの駐在さんなら、すぐに取り替えてくれたぞ。駐在くんは、やってくれんのか? 若いのに、ケチだぁな」

「いや、その……そういうことじゃなくて……何か事件かと思ったので……」


 ただの電球の交換依頼だった。

 助けてくれ……なんて、意味深な電話をしてきたから、一体何があったのか、一人で解決できるだろうかと緊張していたハジメは一気に脱力する。


「なに? ハジメくん、事件じゃなくて期待はずれだった?」

「違うよ……何もなくて安心したんだ」

「事件なんて、こんな小さな村で起こるわけないでしょ? ねぇ、火野のじっちゃん」

「そだなぁ……いつだったかの泥棒さわぎも、犯人はキツネだったしなぁ……タヌキだったか? いや、シカか?」


(だよな……こんなど田舎で、大きな事件なんて起こらない)


「この村の人はみーんな顔見知りだし、泥棒も殺人も起きたらすぐに犯人は捕まるでしょ。そもそも、そんな悪い人はこの村にいないって……そういうところだから、どこの家もこうして鍵なんてかけてないのよ」

「んだ。そのとーりだ。菜乃花ちゃんの言うとーりだ。それより、早くなんとかしてくれ、駐在くん」

「……わかりました。で、替えの電球はどこに?」


 ハジメは電球を付け替えたお礼にと、断ったのだが結局さつま芋を渡された。

 お隣の野島さんの畑で採れたもののようで、甘くてうまいから食えと。

 しかし、まともに料理なんてできないハジメは、これから一体どうしたら焼き芋なりふかし芋になるのか、よくわからず戸惑う。


「さつま芋って……どうやって調理するんだ?」


 もう外は暗いからと、菜乃花を家に送り届ける間にそう呟いたハジメ。

 これは完全に独り言だったのだが、菜乃花はそれを聞き逃さなかった。


「ハジメくんって、あの駐在所の奥で暮らしてるんだよね?」

「あぁ、そうだけど……」


 女人村の駐在所は奥に居住スペースがあって、居間ともう一つ部屋がある。

 昔は、駐在所に一人の警官とその家族が一緒に住むのが一般的だったようだが、いつからか二人体制になった。

 長くこの村で駐在をしている仁平は、駐在所のすぐ隣に自宅があり、今は若い警官が駐在所で暮らすことになっているのだ。


 ついでに仁平は若い警官の教育も任されている。

 ハジメのように何か問題を起こしたものの、懲戒免職まではいかない若い警官の再教育ということだが……実際は事件なんてなんにも起こらないこのど田舎で大人しくしていろということ。


「ご飯はどうしてるの? この村、コンビニもスーパーもないし」

「まぁ、料理はできないけど、なんとかなってるよ。ジンさんの奥さんがたまに煮物とか持って来てくれるし」


 この村に全国的なチェーン店はないが、小さいが食料品を取り扱っている商店はある。

 米さえあれば、おかずはふりかけでもなんとかなると思ってるハジメだが、そろそろ自炊を覚えないとまずい……とは思っていた。


「じゃぁ、そのお芋、私が調理してあげるよ。明日持っていくね」

「え……あぁ……」


 一際大きな村長の家の前に着いて、さつま芋片手に手を振りながら菜乃花は家に入っていく。

 ニコニコと笑いながら。


(ん……? 明日持っていくって————明日も来るってことか?)


 そう、この日の翌日からハジメは菜乃花からの手料理攻めにあうのである。

 それも、全部美味しい。


 最初は学校に行く前に駐在所へ来て、菜乃花が自宅で作った弁当を昼ごはんに食べてと渡されていたのだが、今では学校終わりに駐在所の台所を勝手に使って晩御飯も作ってくれている。

 完全に胃袋を掴まれていることに、ハジメは気が付いていなかった。



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