第4話 駐在くん、女子高生に懐かれる


 パトロールから戻ったら、セーラー服の女子高生がストーブの前に座って肉まんを食べていた。


「パトロールお疲れ様。ハジメくんも食べる?」

「……食べる? じゃない。なんでまたいるんだ?」


 あのストーカー事件以来、すっかりこのマイペースな女子高生に懐かれてしまい、ハジメは気が気じゃない。

 ほとんど毎日のように学校帰りに駐在所に入りびたり、ストーブにあたりながらハジメのパトロールが終わるのを待っているのだ。

 それも、この寒いのに短いスカートで。


(……パンツ見えそう)


 イケないことだとわかっているものの、ついついスカートからのぞく太ももに目が行ってしまうハジメ。

 ハジメは中高一貫の男子校出身のせいで、免疫がほぼゼロなのだ。

 ドキドキしてしまうのを抑えながら、平然を装っているが、見られている側は見られているとわかる。


「ハジメくん、今日も可愛い」

「いい加減にしろ……どこがだ」


 菜乃花はそんなハジメの様子を可愛く思っているのだが、本人に自覚は全くない。


「そんなに見たいなら、中、見せようか?」


 スカートの裾を少し持って、菜乃花がそう言った。


「やめろ!! 公然わいせつで逮捕するぞ!」

「……何言ってるの? 肉まんの中身の話だけど?」


(くそ……!! わざとだな!)


「やっぱり可愛い、ハジメくん……また真っ赤になってる。なんの中だと思ったの?」

「……う、うるさい。さっさと帰れ」

「えー……いやだ。私、ハジメくんの彼女だもん」

「だから、彼女にした覚えはないって! 勝手なこと言うな」


 あの日、ハジメは顔がタイプだの、声が好きだの女の子に言われたのは、生まれて初めてだった。

 だからこそ、はっきり断るべきだったのだと、今更後悔しても遅い。


「私が好きなんだから、いいじゃない」

「だから、俺は好きじゃないって言ってるだろ! それに、君は高校生! 十六歳!! 俺を犯罪者にしないでくれ」

「いいじゃん、法律なんて。それに、私、あと三ヶ月で十七歳になるんだから」

「そういう問題じゃない……俺の後付け回すのやめろって言ってるんだ」


 気づいたら、ストーカー被害にあっていた菜乃花は、逆にハジメのストーカーになっていた。


 確かに、菜乃花は可愛い。

 だけど、高校生で、まだ十六歳。

 今まで、女子から告白なんてされたこともないし、こんなに積極的にアピールされたこともない。

 ハジメにとっては生まれて初めてのモテ期というやつかもしれないが、相手は高校生だ。


 いくら菜乃花の方から言い寄ってきたとしても、公務員……それも警察官のハジメがそんな相手に手を出してしまったら、後々問題になって本当に免職になるかも知れない。

 ただでさえ、問題を起こしてこの村に左遷されたのだから。


「いいじゃない。合意の上なら、年齢なんて関係ないし」

「そういう問題じゃない。村のみんなに変に思われるだろ?」

「思われても、私は構わないけど……」

「俺が構う!」

「あ!」

「あ?」


 菜乃花は突然立ち上がって、外へ出た。


「雪!」


 外はすっかり日が暮れていて、雪がひらひらと地面に落ちては溶けて消えてゆく。

 初雪が降ったのだ。


 先程までの、ハジメを手玉に取るようなどこか大人びた表情とは違って、年相応のあどけない笑顔で雪を眺める菜乃花の横顔に、思わず見入ってしまうハジメ。


(可愛い……)


「ハジメくん、初雪って、好きな人と見ると永遠に結ばれるって知ってる?」

「……知らない。なにかのジンクスか?」


(ロマンチックなこと言うなぁ……まぁ、女の子だしそういうの好きなんだろう)


「どこの国だったか忘れたけど……そう言われてるんだって。あの子が言ってる」

「————あの子?」


 菜乃花が指差したその先を見たが、誰もいない。

 だが、その位置だけ、雪は落ちず、地面の色が変わらなかった。


「あ、見えないんだ。じゃぁ、あれ幽霊か」

「…………」

「うーん、それとも妖怪?」


(……そうだ、忘れてた。見える……んだっけ)


 急に鳥肌が立って、ハジメは駐在所の中に戻った。


(やっぱり、変な子だ)


 この鳥肌は、冬の寒さのせいもあるかもしれないが、初雪を見つめる横顔も見えない何かを指差す横顔も、どちらも同じ表情で、それを少し怖いと感じてしまったからかもしれない。


 ————プルルルルルルルルル


「うわっ!」


 中に戻ったそのタイミングで、電話の音が鳴り響いた。

 びっくりして、思わず声が出たハジメはドキドキしながら受話器をとる。


「……はい、女人村駐在所です」

『た……助けてくれ』

「えっ!?」


 受話器から聞こえたのは、高齢のおじいさんの声だった。

 ナンバーディスプレイには、火野ひの一郎いちろうの文字。


 助けてくれ……たったそれだけ聞こえて、電話はぷつりと切れる。


「もしもし!? もしもし!?」


(なんだ! 事件か!? でも……火野さんて、どこの家だっけ)


 まだこの村の住人の顔と名前も一致していないし、家も把握しきれていないハジメは慌てた。

 運悪く、今日は上司の仁平は隣町で法事があり村にいない。


(ど……どうしよう)


 焦るハジメは、地図を見ても火野の名前が見つけられなかった。


「ハジメくん、どうしたの?」


 中へ戻って、ハジメを不思議そうに見つめる菜乃花。


(そ……そうだ)


「……菜乃花ちゃん、火野さんの家知ってる?」

「うん」

「案内して! 今すぐに!!」


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