第3話 駐在くん、告白される



「もうお茶はいいだろ? それで、もう一度聞くけど、その俺がストーカーっていうのは一体どういうこと?」

「ん? あー……それね、あなたがここへ来たのが二週間前なら、あなたじゃないかも」

「……は?」


 お茶を飲んですっかり落ち着いたのか、嘘のように冷静な口調で菜乃花は何があったのか話し始めた。


「あれは、多分半年くらい前……夏の初めの頃————」



 ◾️ ◾️ ◾️



 菜乃花は村では変な子扱いされているが、高校ではかなりモテた。

 その容姿からほとんど毎日告白され、正直うんざりしていたのだ。


「菜乃花、どうして誰とも付き合わないの?」


 クラスメイトの女子にそう聞かれると、菜乃花は小首をかしげる。


「だって、タイプじゃないのよ。私にだって、好みのタイプってものがあるの。なんで告白されたからって、タイプじゃない人と付き合わなきゃいけないの?」

「……それは、そうだけど……でも、今、好きな人はいないんでしょ? もったいないじゃん? あんなイケメンの先輩からも告白されてたのに……」

「だから、タイプじゃないんだってば……」


 菜乃花に告白してきた先輩に憧れていた別の女子は、不機嫌そうな顔で菜乃花に聞いた。


「それじゃぁ、タイプの男から告白されたら、相手が犯罪者だろうと絶対に付き合うってこと?」

「当たり前でしょ? 何言ってるの……っていうか、相手が犯罪者って、その時点でタイプじゃないと思うけど」

「ふーん、そう」



 そんな会話をしたその日の放課後からだ。

 いつものように一時間電車に揺られて、ほとんど利用客のいない秘境駅で降りた菜乃花。

 夏の間は、この駅に停めてある自転車に乗って家まで帰っていた。


「え、パンクしてる」


 残念なことに、今朝はなんの問題もなく乗れていた自転車がパンクしている。

 押して帰るしかない。

 菜乃花は自転車を押しながら、家まで続く一本道を歩いた。


 田園の中を歩いて、歩いて……それはいつもと同じ道で、同じ風景。

 遠くに見える山の方に向かって、歩いていた。


 だが、この日は誰かに後をつけられているような……そんな気がしたのだ。

 振り返ると、確かに遠くの方に誰かがいる。

 一本道だし、自分以外の人間が通ることも確かにあるだろう。

 それは何もおかしなことではない。


 最初は気にしていなかった。

 もう少し先へ行けば、民家もいくつかあるし、きっとそこの住人だろうと。

 しかし、その人はずっと、菜乃花の後をついて来ているように思えた。

 菜乃花が止まれば、その人も止まる。

 菜乃花が走れば、その人も走る。


 縮まりそうで、縮まらない一定の距離を保って、おそらく駅からずっとその人は菜乃花の後をつけているようだった。


 一日目は、ただの思い込みだと菜乃花も思ったのだ。

 まさか、自分がつけられているなんて信じられなかった。


 だが、その日以降、毎日というわけではないが、週に一、二度そんなことが多くなった。

 また自転車がパンクしていたり、チェーンが外れていたりして……

 菜乃花は怖くて、振り返ることができなかったが、九月のある日、勇気を出して振り返る。

 ストーカーも、まさかそこで菜乃花が振り返るとは予想外だったのだろう。

 ストーカーは慌てて後ろを向いたが、菜乃花には警察官の制服を着ているように見えたのだ。


 この村で、警察官といえば駐在所に昔からいる仁平ともう一人、仁平よりは若い警官だ。

 こちらの方は、一、二年のペースで人が代わるため、菜乃花は若い警官の顔を知らなかった。

 距離もあるし、見間違えの可能性もなくはない。

 ただ、そこにいただけかもしれない。


 だが、それ以降、ストーカーはしばらく現れなかった。



 ◾️ ◾️ ◾️



「やっと解放されて、後をつけられることはなくなったと思ったら……三週間前ぐらいからまた…………今回は警察官の制服を着ていたのが確実に見えたの。まぁ、人間ではなかったみたいだけど」

「……は?」

「私、たまに見えているものが霊なのか人間なのか区別がつかなくなることがあるの。それで、パニックになっちゃって……それで、あなただって思ったみたい」


 菜乃花は、若い警官イコール仁平ではない警官だと判断していた。

 この日たまたま、自転車であの道を走っていただけだったハジメは、そのせいで容疑者扱いされたようだ。


(なるほど、霊がどうとかは別として、パニックになってよくわからないことを言っていたのか。愛してると言えだのなんだの……)


 落ち着いて、冷静になって話す菜乃花は、ごく普通の女の子だった。

 変だなんて、思ってしまって悪かったな……とハジメは思い始める。

 そんなに長い期間、ストーカーの被害に悩んでいたなら勘違いされても仕方がない……と。


「でも、いくらパニックになったからって、ストーカーに告白を強要しちゃだめだろ」

「……え、だって、顔がタイプだったから」

「は?」

「ストーカーって、つまりは私のことが好きってことでしょ? 私のことを愛してるけど、告白する勇気がないってことでしょ? 私、タイプの人から告白されたら受け入れるって決めてるの」


(いやいやいや、待て待て!! 何言ってる!?)


 菜乃花はコトッと湯のみを卓袱台ちゃぶだいの上に置くと、急に立ち上がりハジメに顔を近づける。


「な……っ! 何をするつもりだ!!」


 菜乃花がまじまじとハジメの顔を見つめていると、ハジメの顔は耳まで赤くなっていく。

 それを見て、フッと笑った。


「私、あなたの顔がタイプなの。声も好き」

「え……ちょっと、何を……」


 菜乃花はハジメの頭から帽子を奪い取ると、ちゅっと可愛く音を立てて、頬にキスをする。


「私と付き合わない?」

「えっ……えええええっ!?」


(なにこの子、やっぱり変な子だ!!)





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