第5話
勇者が召喚されて二週間が経った。
勇者たちはめきめきと実力をつけている。
何度か兵士と模擬戦をしたが、勝てないまでも拮抗する試合が多い。
何年も訓練を欠かしていない兵士を相手に互角に戦う。正直才能が恐ろしい。
琴美はまだ能力に目覚めていないが、ここ最近何か掴めそうなみたいでよく頑張っている姿を見る。
勇者が召喚され訓練も厳しくなった。
だが正直、魔王が復活したとは思えないほどの日常を送っている。
だが、突然ことは起こった。
ケドロス帝国が魔人に襲撃された。
王の間に集められた兵士と勇者は皆それを聞いて、唖然としていた。
数千人の魔人がケドロス帝国を襲ったそうだ。
幸いにも被害者は少なかったらしいが、多くの建物などが倒壊した。
あの国は強い奴らが結構いるから多分そいつらが魔人を退けたんだろう。
勇者たちを見るが、顔色が悪い。
無理はない。今までなんとなく訓練をしていたんだろうが、現実に脅威があるのを知れば、怖くはなる。
一部の兵士たちはケドロス帝国に派遣された。
ケドロス帝国とクノソス王国は友好関係を結んでいるため、増援として兵士を送った。
俺は派遣されなかった。派遣されるかもと思ったのだが、勇者の教育係だからということで城に留まることとなった。
今日の午後、勇者たちは訓練場に集められた。
「いきなりですが、今日は勇者同士で模擬戦をしてもらいます。理由としては聞いての通り、魔人がケドロス帝国を襲いました。私たちの国が襲われるのも遠くはありません。あなたたちが強くならなければ、この国は魔人に堕とされます。なので早く強くなってください」
「あのー」
富良が躊躇いながら、オルト隊長に質問する。
「勇者同士で戦うより普通に訓練した方がいいのでは?」
ああ装っているが、本音はやりたくないんだ。
同郷のよしみってのがあるんだろう。
「実力の近い者同士での戦闘は実力の大幅な向上が望める。いつものように兵士たちと訓練するときは格上なこともあり遠慮なく戦えている。しかし、君たち同士では攻撃を躊躇するかもしれない。それはやめろ」
オルト隊長の珍しい命令口調に勇者だけでなく、周りの兵士たちも驚いている。
「これから先、魔人族、そして魔王と戦うことになります。加減をすれば死ぬのはあなたたちです。死にたくなければ殺しなさい」
いつもと違う雰囲気に勇者たちは戸惑っている。
「では琴美くんと芽愛くんこちらへ」
しかし、考える間もなく、呼び出される。
2人は指定された場所に移動する。
「いいですか、お互い全力を出してください。さきほども言った通り殺すくらい本気で」
過激なように思えるが、正しい。自分を生かすには相手を殺すのが最善。
「では準備はいいですか?」
「「はい」」
「はじめ!」
最初に動いたのは芽愛だった。
「火属性レベル1!」
芽愛から頭の大きさくらいの火の玉が琴美に向かって放たれた。
およそ100km/hのスピードで放たれた火の玉。
琴美は簡単に避けた。まるで火の玉が来るとわかっていたように。
「水属性レベル1!」
芽愛は続けざまに魔法を放つ。
琴美は同じようにひらりとかわす。
琴美は芽愛がどう動くかシュミレートしていたんだろう。
ただこのままではジリ貧だ。
琴美に魔法は使えない。だから他で攻撃するしかない。
琴美は芽愛とは違い遠距離攻撃はできない。
しかし、近距離に持ち込んだところで琴美の武術の腕前は半人前。
どう崩していくのか。
琴美が全速力で芽愛に駆け出した。
「火属性レベル4!」
突然詰められたことに焦った芽愛は彼女の目の前に数十メートルの火の津波が現れる。
琴美は逃げ場を失う。
このままでは琴美は波に呑まれてしまう。
琴美はあろうことか波に突っ込む。
このままでは大火傷、下手すれば死んでしまう。
テミスさんが急いで止めに入ろうとする。
「大丈夫です」
琴美がテミスさんをしっかりとみた。
テミスさんには聞こえていないだろうが確かに大丈夫と言った。
その瞳には確かな自信がある。
テミスさんは一瞬止まる。その一瞬の静止、琴美が波に呑まれるには十分だった。
周囲は息を飲む。
「なんで!!!」
驚愕の声をあげたのは芽愛だった。
芽愛の懐に琴美が飛びこんでいる。
これだけ詰められると芽愛に魔法を放つ時間はない。
琴美は芽愛の腹部に掌底を叩き込んだ。
次の瞬間、芽愛の体が軽く宙に浮く。
「そこまで!」
オルト隊長の掛け声で倒れた芽愛に数名の兵士が駆け寄る。
おそらく気絶している。
念のためか医療室へと連れていかれる。
俺とテミスさんは琴美に近く。
「琴美、怪我はないか?」
「少しやけどしただけです。特に問題ありません」
「そうか、治療はしておけ。しかしよくあの炎の波から無傷で出てこれたな」
「あれが本当の炎なら無理でした」
「というと?」
「実は私、魔力そのものをみることができるみたいです。それであの炎の波の魔力が薄いところを無理矢理突破しました」
「魔析眼の持ち主だったか」
「魔析眼?」
「普通見ることの出来ない魔力を見ることができる瞳。発達すれば魔力の流れからどういう攻撃が来るかもわかるようになる」
魔析眼は人で持っているのは非常に珍しい。特異系よりも希少な存在だ。
「琴美、最後芽愛を気絶させたのはどうやった?」
「ええっと、掌底という打撃技です」
「武術の心得があったんだな」
「少し習ったことがあるだけでそこまで使えません」
「気絶させるほどなら十分な技だ」
琴美は顔には出していないが、言葉から興奮しているのが伺える。
勇者の中では一番苦労していそうだったから今回の模擬戦で自信がついたんだろう。
そのあと琴美も医療室へと向かわせた。
テミスさんも付き添いでついていった。
俺はもう一試合の勇者の試合を観戦することにした。
富良と藍染の試合はお互い魔法を打ち合うなどで膠着状態が長く続いたが最後は富良の剣を藍染が弾いて、終わりとなった。
琴美と芽愛の試合に比べるといささか地味な試合であったが、勇者としての力を見せていたので成長がはっきりと見えた。
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