33(終) 忘れえぬ光

 兄が目を覚ましたとき、そこには誰もいなかった。

 何か悲しい夢でも見たのだろうか、寝ながら泣いてしまっていたようで、顔が濡れていた。


「誰もいない、か」


 自分の発言に違和感を覚える。

 当たり前だ。一人暮らしなのだから、誰かが家にいるはずもないのに、自分は何を言ってるのだろう。


 ――何か大切なことを忘れてしまっている気がする。


 心にポッカリと大きな穴が空いてしまったかのような虚無感に覆われる。


 不意に窓から眩い光が射してくる。

 何があったのかと窓を開けて覗き込むと、光の塊とでも言えばいいのか、眩しいものが天へと昇っていくのが見えた。


「なんだ、あれ」


 その光を見ていると、自然と涙が溢れれ出てきて、何故か強い使命感に駆られた。


 ――あの光に誓って、強く生きなければ。


 何故かはわからないが、そんな思いで胸がいっぱいになった。




◇◆◇




 その日、理恵との縁があった人々にだけ、天へと昇る光が見えていた。


 茜は今日も塾帰りで、遅くなっていた。

 いつもと変わらない日常を送っているはずなのに、ここのところ、何故か寂寥感を覚えることがある。


 茜はため息を一つ吐いて、何の気なしにふと空を見上げて、驚いた。

 光が空へと昇っていくのが見えた。


「なに、あれ……」


 超常現象だろうか。あるいは宇宙人かと妄想を膨らませるが、直感がすぐに違うと告げていた。


「……天使だ、きっと」


 理由はわからないが、素直にそう思えた。

 その光を見ていると、何だか心が励まされるような気がしてきて、明日からも頑張ろうという気持ちになった。


 ――先生との約束を守って、立派な人になるんだ。今はまだ友達はいないけど、いつかできるはず。


「はっ……天使が見えるなんて……もしや、わたしは天使の生まれ変わりなんじゃ……」


 茜の中二病が治るのは、まだ少し先の話になりそうだった。




◇◆◇




 秋月家ではパーティーの後片付けを終え、遅くなってしまったからと、光が藍子を家まで送るところだ。

 家族総出で藍子を見送ろうと店を出たとき、綾香が空を指差す。


「あ、あれ! 見て! なんか光ってる!」


 その言葉に、皆が空を見上げると、光が天へと昇っていくのが見えた。


「何だありゃ。ま、まさかUFOか!?」


 佳織の父親が驚きのあまり、咥えていた煙草を落とす。

 藍子も佳織も何が起きてるのかわからず、口をポカンと開けてしまう。


「すごい……きれい……」


 佳織が感嘆の声をあげる。


「なんでだろ……なんか懐かしい感じがする、あれ……」


 藍子の言葉に、佳織が同意して頷く。


「藍子もそう思ったの? わたしも、なんか、そんな感じしてた……」


 光がそんな二人の頭にポンと手を置く。


「よく見ておけ。あれはな、おまえたち二人の友情を照らす光……いや、灯りだ」


 言われてみると、たしかにその通りに思えてならなかった。


 ――ずっと仲良しでいよう。

 藍子と佳織は同じことを考えて、二人は手を握った。


 光にだけは、理恵の魂を抱いているマリエルの姿が見えていた。


「……またな、理恵。おまえと遊べて楽しかったぜ」


 光はそう呟くと優しく微笑んで、少しだけ泣いた。




◇◆◇




 全てをやり終えた日。

 芹沢理恵という少女が、天使セリエルとして天へと還る日。

 一人の天使がセリエルの魂を胸に抱き、天へと運んでいく。


 セリエルの魂は煌々と輝いていて、その光を何人かの人間が目にした。ある者は涙を流し、ある者は奮起し、またある者たちはその輝きに友情を誓った。


「セリー……頑張りましたね……」


 セリエルの魂に意識はなく、天使の呼びかけに返事はない。

 それでも、その天使は独り言のように語り続けた。


「とても立派でした。あなたの親友として、誇りに思います」


「あなたの行いによって救われた人々が、見えますか? あの方々には、これからたくさんの試練が待っているでしょう。辛いことも、苦しいこともたくさんあるでしょう。人が生きるとは、そういうことですから」


「皆、あなたのことは忘れてしまいました……。ですが、あなたの行いは皆の魂に刻まれました。きっとこれから何があっても、その魂に刻まれた記憶を頼りにして、強く生きていくことができるでしょう」


「セリー、あなたは素晴らしい天使だった」


 その日、天へと昇っていく光を見た人々は、皆一様の想いを胸に抱いたという。






 ――――この光のことは、一生忘れない。

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転生天使は誰が為に なかうちゃん @nakauchan

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