31 記憶Ⅱ
結果から言うと、惨敗だった。
公園で遊んでる子供たちに混ぜてもらおうと思い、俺から声をかけてみたが、理恵の人見知りが発動してしまい、理恵はずっと俺の後ろに隠れてしまっていた。
公園をいくつか渡り歩いては、同じことの繰り返しだった。今は歩き疲れて喉が渇いたので、ちょうど近くてにあった喫茶店で休憩中だ。
「へい、いらっしゃい。ご注文は?」
「…………」
目つきの悪い、咥え煙草の男が注文を取りにやってきた。
入る店を間違えただろうか。
「にぃに、ぱふぇ、たべたい」
俺が圧倒されてる間に、理恵が注文をリクエストし始める。
「おう、お嬢ちゃん見る目があるじゃねぇか。俺の作るパフェは絶品だぜ?」
「あ、あー、じゃあ、チョコパフェと、アイスコーヒーをお願いします」
「あいよ、わかったぜ」
男は注文を取ると、カウンターの中へと戻っていったが、カウンター内を見て自分の目を疑う。理恵と同年代の子供が二人、そこでケーキを皿に盛り付けていて、客のもとまで運ぼうとしていた。
ここはあんな子供を働かせてるのか? やはり入る店を間違えたかもしれないと思ったが、その光景はこの店では日常茶飯事らしく、客たちは微笑ましくその様子を見守っていた。
やがて俺たちの注文した品ができあがったらしく、二人の子供がそれぞれアイスコーヒーとパフェを席まで持ってやってくる。
「おまたせしました。アイスコーヒーと、チョコレートパフェになります!」
「あ、ああ、ありがとう」
少女たちの左胸には名札が貼られている。
かおり。あいこ。それが二人の名前なのだろう。
「いつもここでお手伝いしてるの?」
「はい。ここは、わたしのおうちなので!」
かおりという名札をつけている少女が誇らしげに胸を張る。なるほど、家のお手伝いということなら、まあいいのだろうか。
理恵は二人を気にする様子もなく、パフェに夢中になっていた。そんな理恵を見て、かおりがニコニコと笑いながら声をかける。
「おいしい?」
「っ!?」
突然声をかけられ、人見知りの理恵がビクッと体を震わせて、警戒したように二人を見る。
「かおり、こわがられてやんの」
あいこという名札をつけている少女が、意地悪そうにけらけらと笑う。
「ち、ちがうもん! こわくないよね?」
「う、うん……こわく、ない……」
理恵がおずおずと頷く。
「それ、わたしたちもつくるのてつだったんだー。だから、おいしいかなって、きになったの」
「うん……おいしい……」
俺はこの二人なら、きっと理恵と友達になってくれるんじゃないだろうかと思った。
「理恵もパフェ作ってみたくないか?」
「つくれるの?」
珍しく理恵が目をキラキラと輝かせる。
「あなたもいっしょにつくりたいの?」
かおりがそんな理恵を見て、ニコニコしながら理恵に聞く。
「う、うん……やってみたい……」
「じゃあ、いっしょにおとうさんにおねがいしよー!」
「ようし、れっつごー!」
「わっ」
かおりとあいこが、二人で理恵の手を引いていく。
「ま、まだパフェがーっ……」
理恵はパフェに未練を残しながらも、ズルズルと二人に引きずられていった。
先ほどの男がかおりの父親であったらしく、カウンター内で子供たちと話している様子が見える。俺も保護者として頭を下げてお願いしようと思い、そこに向かった。
「佳織の友達ってなら、いいだろう、許可するぜ!」
ノリがいい人なのか、単純にいい人なのか、俺が頭を下げるまでもなく快諾していた。
「すみません、その子の兄なんですが……本当によろしいのですか?」
「おう、佳織に新しい友達ができるってのは喜ばしいことだからな。ま、おままごとみたいなもんだ。刃物使ったり火使ったりっつー危険なことはやらせないから安心してくんな、兄ちゃん」
「あ、ありがとうございます!」
これで理恵に友達ができる。
俺は感謝の気持ちでいっぱいになり、かおりの父親に頭を下げた。
「男が簡単に頭を下げるもんじゃないぜ、兄ちゃん。……おまえも苦労してんだな」
「え?」
「顔見りゃわかる。その辺のガキとは抱えてるもんが違うってな。おい、こっちの席に移動してこいよ、話聞かせろ」
半ば強引にカウンター席に移動させられて、色々話を聞いたり聞かされたりした。
「そうか、親がな……。じゃあ、おまえが働いてる間、あの子はどうしてる?」
「親戚の家に預かってもらってます。まだ家に一人で留守番させるのは怖いので」
「あの子――ああ、名前なんてんだ?」
「理恵です」
「そうか。おまえは?」
「俺ですか?
「そうか、勇志。理恵は寂しがってねぇか? あんなちびっこい子が、親戚の家にずっと置いとかれてよ」
それはたしかに言う通りだった。でも、それは仕方のないことだと割り切っていたつもりだったが、赤の他人にそこまで言われる筋合いはないと、少しムッとしてしまった。
「そんな顔すんなよ。別にイチャモンつけてるわけじゃない。……ここなら寂しくないんじゃねぇか? 佳織もいるし、うちには他に二人、佳織の上にガキがいてな。バカどもだが、面倒見はいい」
「え? それは、どういう?」
言ってる意味がわからず、俺は混乱する。
「勇志。おまえと理恵がいいならだが、おまえが働いてる間、ここで理恵を預かってもいいぜ」
それは非常にありがたい提案ではある。
親戚の家にいる間、いつも寂しがって、泣くこともあると叔母さんから聞かされていた。その度に叔母さんにも理恵にも申し訳なく思っていたのだが、ここならそういうこともなくなるのかもしれない。
それに加えて、親戚の家は少し離れたところにあり、理恵の送り迎えに電車賃もかかっているため、経済的にも非常に助かる。
「でも、今日会ったばかりの方に、そこまでしてもらうわけには……」
「俺がそうしたいっつってんだよ。だから迷惑とか考えるんじゃねぇぞ」
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」
ここまで親切にされると、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。後々になって、面倒を見たぶん金を払えとか言われるのかもしれない。
「うちには母親がいない。佳織を生んだときに死んじまってな。俺は数年前まで別の仕事をしてて、ガキどもには随分寂しい思いをさせちまった。そんでもって、ある程度金が溜まったときに、家にいながら働けるようにってここを開いた」
「……それとこれとが、どういう関係が?」
「今の話でわかれよ! 寂しがってるガキは放っておけねぇんだよ」
そう言って、照れ臭そうに鼻をかく。
そうか。単純にこの人は、いい人なんだろう。
理恵の様子を見ると、おっかなびっくりといった感じではあるが、二人と一緒にパフェを作っていた。二人の笑顔に包まれて、まだぎこちなかったが、理恵も笑っていた。ここでならきっと、理恵も楽しくやれるはずだ。
俺はこの人を信用してみようと思い、頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
それからは順調だった。
秋月の家にお世話になるようになってから、俺は心配せずに仕事に集中できたし、理恵も友達ができたことによって以前と比べると随分と明るく笑うようになったと思う。
俺はこれからも、こうして生きていければいい。
理恵の笑顔以外には、他に何もいらない。
理恵のためだけに生きて、それで死ねれば満足だ。
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