転生天使は誰が為に

27 転生天使は誰が為に

 夕方になるころ、理恵の体調が悪化し始めた。

 頭は高熱でグラグラして、全身には刃物で滅多刺しにされているような鋭い痛みが走る。

 それでも理恵は、無理をしてでも笑っていた。今のこの場に、水を差したくなかった。


「理恵、ちょっと来い」


 理恵の異変に気がつき、光が理恵を周りから離れたところに連れ出す。


「光……なに? せっかく楽しんでるのに、邪魔、しないでよ……」


 悟られないようにと強がってみせるが、既にバレてしまっているようで、光は心配そうに顔を歪める。


「……家まで送ってく。今日はもう帰って休め」


「わたしは、大丈夫だって……」


「みんな、盛り上がってるところ悪いが、理恵の体調が良くない。車で送ってくる」


 理恵の強がりを無視して、光が皆に向けて言う。


「え、ご、ごめん理恵……わたし、はしゃいじゃってて、全然気づけなかった……」


「理恵、あたしらのために頑張って無理したんでしょ……ごめん、大丈夫……?」


 藍子と佳織。二人が理恵に駆け寄り、心配する。

 そんな二人を見れただけで、理恵はもう十分だった。


「藍子、佳織。これからは、二人とも、仲良くするんだよ……? また喧嘩したら、そのときは、もう知らないからね……?」


「理恵もでしょ。今日は早く帰って休みな」


「そうだよ、わたしたちは、三人で一つなんだから」


「うん……そうだね、そうだった……」


 意識が途切れそうな中、理恵は最後に二人の笑顔を目に焼き付けた。


 ――良かった。本当に良かった。失った絆を取り戻せた。


 ――わたしは、やり遂げた。


「行くぞ、理恵」


 光が気を失った理恵をおぶって店を出る。

 他の誰にも見えていないが、マリエルもその後を追った。


 光は店を出て、車庫にある車のドアを開け、後部座席に理恵を横たわらせる。


「おまえさんも乗るかい?」


 光は、一見誰もいない空間に向けて声をかけた。


「……やはり、あなたにはわたくしのことが見えてたんですね」


 マリエルは店内で何度か光と目が合っていたので、もしやとは思っていた。

 ごく稀に霊的な存在が見える人間が存在する。光がそうだった。


「昔から幽霊とかよく見えるタチでな。で、おまえはなんだ? 幽霊か? にしては、やけにくっきり見えるが」


 天使は霊体の力が強いためか、見える人間にとっては通常の霊よりも姿がはっきりとして見えるらしい。


「車の中でお話しましょうか。今は、この子を家まで運ぶことを優先してください」


「もっともだ」


 光は運転席に、マリエルは後部座席に乗り込み理恵を膝枕して、天力による治癒を始めた。


 理恵の家までの道中、マリエルは事情を簡単に光に話した。


 自分が天使であること。

 理恵は人間に転生した天使であること。

 理恵の三人救う使命と、その後のこと。


 マリエルが話している間、光は黙って聞いていた。


「そうか、おまえは天使なのか。天使は初めて見たな」


 マリエルの話が一通り終わったことを確認し、光が言う。


「随分とあっさり受け入れますねぇ」


「そこは受け入れてやる。だが残り二つは受け入れられないな」


「……そうでしょうねぇ」


「理恵が天使の生まれ変わりだと? で、三人救ったらまた天使に戻るって?」


「ええ。おそらく明日には、もう」


「死んじまうってことか」


「……人間としては、そうなりますね」


「そんなことがあってたまるか……。これからなんだよ。今、ようやく理恵は、藍子は、佳織は! 再スタートしたばっかりなんだよ!」


「…………」


 光の涙混じりの叫び声を、マリエルはただ聞くことしかできなかった。


「あんた天使なんだろ……? どうにか、ならないのかよ……?」


「……残念ながら」


「……せっかく立ち直った藍子と佳織はどうなる? これからの未来を楽しみにしていた、あいつらの希望は」


「……それは、大丈夫でしょう。これもまた残酷な話ではありますが、彼女たちは、明日にはこの子のことを忘れているでしょうから。また落ち込んで、立ち直れなくなるようなことにはならないでしょう」


 マリエルが理恵の頭を優しく撫でながら、そう言う。


「どういう意味だ……?」


「我々天使の存在は、あなたのような例外を除いては認識不可能です。この子はもう間もなく、完全に天使として生まれ変わります。天使として生まれ変わったこの子は、人間からは認識されなくなる。……これまでの、この子に関する記憶も含めてです」


「……理恵が存在したことすら、あいつらの記憶には残らないってことかよ」


 光は背中に薄ら寒いものが走るのを感じた。


「そういうことです。……でも、天使を認識することができたあなただけは、覚えてるかもしれませんね」


「そんなのって、ありかよ……。じゃあ理恵はなんのために頑張ったってんだよ……」


 いずれ別れの時が来ると知っていて。

 いずれ忘れ去られてしまうと知っていて。

 そんなことは、自分だったら絶対に耐えられないと光は涙を流す。


「さあ、どうなんでしょうねぇ……。それは、彼女にしかわからないですから……」


 転生天使は誰が為に人を救ったのか。

 それは同じ天使であるマリエルにもわからなかった。

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