16 それでも天使か!?

 食材の買い出しを終え、家に帰ってきた二人をマリエルが出迎える。


「おかえりなさい、セリー。あらあら、茜さん、いらっしゃいませ」


「お、お邪魔します」


「わたくしとセリーの愛の巣へようこそー」


「愛の巣!? ふ、二人はそういう……?」


  マリエルの挨拶代わりの冗談を、茜はいちいち真に受けてしまう。


「んなわけあるか! マリー、純真無垢な先輩にあまりそういうこと言わないでくれるかな?」


 理恵がマリエルにアイアンクローをしながら言う。


「セ、セリー、痛いですー、も、もう言いませんから、許してくださいー」


 マリエルは解放されると、涙目になりながら両手で頭をおさえる。


「な、仲がいいんだね、二人とも?」


 それを見て、茜が苦笑しながら言う。


「ええ、何しろわたくしとセリーは天使学校時代からの親友ですから」


 ニッコリと笑いながら言うマリエル。


「違います」


 それに対して、理恵もニッコリと全力の笑顔で否定した。


「セリー、どうしてそういうことを言うんですかー!? わたくしたちの友情は永遠だって、あの卒業式の日に誓い合ったじゃないですかー!?」


「あー、忘れたわ。転生前の記憶はどうも曖昧でねぇ」


 しくしくと泣き真似をするマリエルを放置して、理恵は買ってきた食材を片付けはじめる。


 一方で茜は泣いたフリをしているマリエルを見て、オロオロとうろたえる。


「せ、芹沢さん、マリーさん泣いてるよ? いいの?」


「あれは嘘泣きですから放っておいて問題ありません。その証拠に、ほら」


 理恵が買ってきたアイスをマリエルに投げて渡すと、マリエルは瞬時に目を光らせてそれをキャッチした。


「こ、これは、ハー◯ンダッツ! しかもわたくしの好きなラムレーズンじゃないですかー!」


 マリエルはどこかから手品のようにスプーンを出現させると、興奮した様子でアイスを食べ始めた。


「この通りです。奴は嘘つき天使なので、先輩も騙されないように気をつけてくださいね」


「て、天使って一体……」


 自分の思い描いていた天使像と、目の前の光景とのあまりのギャップに、茜が眩暈を覚える。


「マリーは天使としてはちょっと特殊なんで、あんまり幻滅しないでいただけると助かります、あはは……」


「それはお互い様ですよー。セリーだって特殊じゃありませんか。すぐ仕事サボってましたし」


「必要最低限はやってたんだけどなー。お茶淹れるけど、二人とも飲む?」


 理恵は二人が頷くのを確認すると、やかんに水を入れて火にかけた。


「あ、わたしも手伝うよ」


「大丈夫ですよ、お客様は座って待っててください」


 手伝おうとする茜を理恵が制止するので、茜は申し訳なさそうにテーブルに着いた。


「あら? あらあらあら?」


 スプーンを口に含んだまま、マリエルが向かいに座った茜をまじまじと見つめる。


「あ、あの、何か?」


「茜さん、悩みが解決したみたいですね? セリー、無事に一人救えて良かったですねー」


 マリエルの言葉に、理恵がズーンと落ち込む。


「それ解決したの、わたしじゃないから……」


「じ、実は別の人が解決してくれちゃって……あはは」


 茜が気まずそうに笑う。


「あらー。天使セリエル、苦悩を抱える人間を見つけるも、他の人間に先を越されてしまう……と」


 マリエルがそう言いながらメモ帳にペンを走らせる。


「ちょまー! あんたそれ天界に報告しないよね!?」


「え? もちろんしますよ? わたくし報告係ですから」


 当たり前のように言うマリエルに、理恵が泣きそうになりながらすがりつく。


「お願いだから勘弁して! 天使長に何言われるかわかんないから!」


「でも、これがわたくしの仕事ですからー」


「わたしたち親友じゃん!? 卒業式の日に友情を誓い合ったじゃん!? ハーゲン◯ッツ買ってきてあげたじゃん!?」


 先ほどの自分の発言とは一転して友情を主張する理恵に対して、マリエルがニヤニヤと笑う。


「やだなぁセリー、転生前の記憶は曖昧だって言ってたじゃないですかー」


「今思い出した! マリーとリリーとわたしの三人で友情は永遠だよねって誓った! わたし何で忘れてたんだろー!」


「仕方ないですねぇ……。じゃあ、マリー好き好き大好き愛してるよって言ってくれたら、報告は考えます」


「マリー好き好き大好き愛してるよ!」


 理恵がマリエルに抱きつく。


「んふふ、わたくしもセリーを愛してますよ。送信っと」


 マリエルのメモ帳に書き連ねられた天使文字が宙へと浮かび上がり、そのまま天へと登っていく。


「ぎゃー!? 嘘つき! 考えるって言ったじゃん⁉︎」


「考えた結果、やはり仕事で虚偽の報告はよろしくないと思いまして……うぎゅっ」


 理恵はてへっと舌を出して笑うマリエルの首を絞めて、ブンブンと前後に振る。


「鬼! 悪魔! 慈悲のかけらもない! それでも天使か!?」


「セ、セリー、く、苦しいですー、て、天に召されそうですー」


「芹沢さん、落ち着こう!?」


 理恵がマリエルを殺してしまいかねない勢いだったため、茜が慌てて止めに入る。それによって理恵は平静を取り戻したが、今度はその場で四つん這いになって落ち込んでしまう。


「最悪だ……天界戻ったらまた絶対ネチネチと小言を言われる……わたしは悪くないのに、なんで、こんな……」


「上司の人……あ、人じゃなくて天使か。その天使ってそんなに怖いの?」


「怖いってよりは……口うるさい奴ですかね」


 がっくりとうなだれたまま理恵が答える。その直後、やかんがピーピーと鳴り、お湯が沸いたことを知らせてきた。


「ほらセリー、お湯が沸いてますよ? 早くお茶を淹れてください」


「こ、こいつ……いつか泣かす。絶対泣かす」


 そう言う自分が泣きそうになりながら、理恵はマリエルに復讐を誓いつつも三人分のお茶を淹れた。

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