15 喫茶オータム・ムーンにてⅡ
理恵と目が合うと、佳織は一瞬だけ目を見開いたが、それだけだった。
「……こちら、ご注文のレアチーズケーキとチョコスペシャルパフェ、ダージリンになります。ごゆっくりどうぞ」
佳織が一礼をして足早に去っていく。
「は、はらはらしたよ……」
「あはは……大丈夫ですよ。わたしたちは喧嘩したとか、そういうのじゃないですから」
「そうなんだ……」
「何はともあれ、先輩の悩みが解消されたのなら、それは良かったです。あとは新しい方をどうするかですね」
理恵がパフェを食べながら言う。
「うん……毎日そのことばかり考えちゃって、最近は何も手につかないんだ……」
理恵には経験がないが、俗に言う恋煩いというやつだろうか。
「名前は知らないって言ってたけど、連絡はとれるんですか?」
「う、うん、電話番号はね、交換してるの」
「連絡は取ってるんですか?」
「ううん、まだ一度も……」
「うーん……じゃあ、とりあえず電話してみます?」
「ええぇ!? む、無理無理無理無理!」
茜がブンブンと首と両手を振る。
「な、なぜ?」
「は、恥ずかしいし、何を話せばいいかもわからないし……」
茜が消え入りそうな声で言う。
「この間のお礼を言いたくてーとかでいいんじゃないですか?」
「うん……お礼は、その、言いたいけど……やっぱり恥ずかしい……」
「悪魔の真似事をするよりは恥ずかしくないと思いますよ?」
「その話はもうやめよう!?」
その後もああだこうだと話を続けるが、まったく進展がないまま三十分が過ぎた。
「うーん、多分わたしたちだけで話してもこれ以上話が進まないですね」
「ごめんなさい……わたしが恥ずかしい恥ずかしいばっかり言うから……」
茜がしょんぼりと謝る。
「先輩は別に悪くないんだから、謝らないでください。んー、ちょっと第三者の意見を取り入れてみたいんですけど、いいですか? もちろん先輩がってことは内緒にしますから」
「う、うん、それは是非」
とは言っても、理恵にはそんなに友達や知り合いが多くはない。誰に聞こうか。マリエル……絶対ダメだ、面白がって余計なことをしかねない。となると、恋愛に無縁そうではあるが、藍子か。
理恵が携帯から藍子に電話をかけると、すぐに繋がった。茜にも内容が聞こえるようにと、スピーカー通話にする。
「もしもし、藍子?」
『はいはい、どしたの』
「ちょっと相談があったんだけど、今大丈夫?」
『いいよ、言ってみ』
「わたしの知り合いの話でさ、その子の恋の悩みなんだけど」
『あー、そりゃ管轄外だわ。あたしに恋の悩み相談されてもなー。肉屋に旬の魚は何ですかって聞くようなもんよ』
相談する前にバッサリと切り捨てられてしまった。
「そう言うとは思ったわ……。いいから聞いて」
『まあ何かアドバイスできるかもしれんし、聞くだけ聞こうか』
「その子ね、十歳くらい歳上の人を好きになったんだよ」
『ほーん、そりゃ大変だ』
「どうすればいいと思う?」
『どうしようもないんじゃね?』
身も蓋もない回答に理恵がガックリと頭を抱え、茜はショックを受けて涙目になる。
「あ、あんたね、真剣な相談に対してその回答はないでしょ」
『そう言われてもなー。大人になってからの十歳差なら大したことないけど、現時点での十歳差は難易度高すぎるでしょ。あたしら中学生なわけよ? 相手がロリコンでもない限り無理っしょ』
「そりゃそうだけどさぁ……。じゃあ、もしもよ? 万に一つもないと思うけど、もしも藍子は自分がそうなったらどうする?」
『んー……そうだなぁ、多分だけど、相手に気持ちは伝えるよ』
「へぇ、それはどうして?」
『想像でしかないけど、多分その状況って告っても告らなくても、どっちにせよ苦しいと思うんだよね。それなら、百パーセント無理だってわかってても、気持ちを切り替えて前に進むために告るんじゃないかな』
なるほど、茜には無理かもしれないが、実に藍子らしい答えだと思った。
「そっか。あんがと。参考になったわ」
『はいはい、お安い御用よ。また何かあったら連絡ちょーだい』
「あ、ありがとうございました、とても参考になりました!」
「あ」
よほど感銘を受けたのか、茜が思わずお礼を言ってしまう。せっかく内緒にしてたのに、何やってるんだろう、この人は。
『ん? その声……会長? あー、会長がねぇ、にひひひ』
事情を察知した藍子が、面白いことを聞いたというように笑う。
「あんた絶対内緒にしなさいよ」
『失礼ね。あたしはそんなに口が軽くないってーの。あー、あとそうだ、大人の男の意見も聞いてみたら参考になるんでない?』
「大人の男?」
『あんたの兄貴よ。ちょうど今聞いた話くらいの年齢差でしょ。聞いてみな。女子中学生から告られたらどうするかってさ』
「えぇ……なんかそれは嫌だなぁ……」
もしも断るという回答だったら茜を落ち込ませてしまう気がするし、受け入れるって言うならそれはそれで問題があるというか、身内にロリコンがいたということになり理恵が大ダメージを受ける。
『あいつなら割といい回答くれると思うけどね。まー、それは会長の気持ちもあるだろうから、会長と相談して決めればいいよ』
「んー、わかった。ありがとね」
『はいはい。会長も頑張ってねー」
「はい、ありがとうございました」
電話が切れると、理恵が茜に謝罪する。
「先輩、ごめんなさい。あいつ口が悪いというか、何でもズバズバ言うから……嫌な思いさせちゃったかも」
「う、ううん! そういう考え方もあるんだって、すごく参考になった。いいお友達だね?」
「そう言ってもらえると助かります。あんなんでも、わたしの親友なので」
親友。その言葉に、茜の胸が締め付けられる。
「いいなぁ……」
無意識のうちに羨望の感情が漏れてしまう。
「ん? 何がですか?」
「あ、ううん、な、なんでもないよ」
「そうですか? にしても、兄さんの意見ねぇ……。先輩は聞いてみたいですか?」
「わたしは聞いてみたいけど……でも、芹沢さんは自分のお兄さんにそういこと聞かれるの嫌でしょ……?」
先ほどの理恵の様子から、茜が遠慮がちになる。
「あ、いえ、第一優先は先輩の気持ちなので、わたしのことは気にしないでください。でも兄さん今は仕事中だから電話繋がらないんですよね」
「そうなんだ。いつも何時ごろに帰ってくるの?」
「早ければ八時くらいには。遅いときは十時過ぎますけど……家に来て待ちます?」
「いいの? そんな遅い時間までいたら、おうちの人に迷惑なんじゃ……」
「あー、うちにはわたしと兄さんと、居候が一人いるだけなんで気にしないでください。 むしろ先輩の家の人は大丈夫ですか?」
少し複雑な家庭環境なのだろうと茜は納得する。自分の家も複雑といえば複雑だし、今どきそんなに珍しくもないのだろうと考える。
「うん。ちゃんと連絡すれば大丈夫だと思う」
こうして茜が理恵の家に来ることが決まった。
二人がそれぞれケーキとパフェを食べ終わったころ、マスターが食器を下げにやってくる。
「マスター、ご馳走さまでした」
茜が丁寧にお辞儀をしてお礼を言う。
「おう。また来てくんな」
「……おじさん」
マスターが食器を片付けて退散しようとしたところを、理恵が呼び止める。
「どうした?」
「佳織は何か言ってた?」
「おう。あいつお父さんのバカ! って言って俺に泣きながらビンタして部屋に篭っちまったよ。見やがれ、この赤くなったほっぺたを」
マスターの左頬には、綺麗な赤い手形がついていた。よほど全力でやられたのだろう。
「どうせおじさんが、わたしが来てること知らせずに佳織をここに来させたんでしょ。そりゃ佳織も怒るよ。わたしだって結構頭に来てる」
ここにいたのが理恵ではなく藍子ならおそらく手が出ていて、マスターの左頬にはもう一つの赤い手形ができていただろう。
「お前らが仲直りできるようにっていう、親心だったんだがな。すまん、余計なお世話だった」
「……わたしは、もういいけど。佳織にはちゃんと謝ってね」
「ああ。悪かった」
マスターの落ち込んだ背中を見送り、二人も店を出ることにする。
「最後にちょっと変な空気にして、ごめんなさい」
理恵が茜に頭を下げる。
「う、ううん、大丈夫」
「……さて、帰りますか。帰る前に夕食の食材買わなきゃなんで、スーパー寄ってもいいですか?」
「あ、うん。いつも芹沢さんがご飯作ってるんだ?」
「はい、兄さんがいつも遅いので」
「そっか。わたしも手伝っていい? こう見えても料理は得意なんだよ」
ふふんと胸を張る茜がなんだか妙に可愛くて、理恵が思わず笑ってしまう。
「な、な、なんで笑うかなー!?」
「いやだって、先輩が可愛いから。あはは、じゃあ、お言葉に甘えますね」
「後輩に可愛いって言われるのは、なんか複雑だなぁ……」
そう言いつつも、なんだか理恵との距離が縮まったような気がして、茜は内心喜んでいた。
いつか、大切な友達ができる。理恵がその相手だったらいいなと茜は思いながら、一緒の帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます