たぬきときつねのクリスマス配布合戦
西東友一
第1話
「くそ、なんてこった…」
二本足で立ったたぬきが、数字やグラフが書かれたA4サイズの報告書を見ながら、プルプル震えている。
「今年も勝負あったようだな」
たぬきが振り返ると、余裕たっぷりな顔をしたきつねが後ろで手を組みながら、たぬきに近づいてきた。
「ほらここ」
2つの縦棒グラフの長い方の項目欄を指さすきつね。グラフは配布数を示しており、長い方の項目には、「きつね」と書かれていた。
「たぬきくん。僕に任せて引退したら?」
きつねはそう言いながらたぬきの肩を叩いて、大笑いしながら、その場を後にした。
「悔しいな。サンタさんボクらも行きましょう」
「フォッフォッフォッフォッ。そうじゃな。もうひと頑張りするかのう」
そう言って、椅子に腰かけてお茶を飲んでいたサンタさんが立ち上がり、大きな白い袋を肩に担いだ。たぬきは持っていた紙を置いて、ソリのベルトを自分にセットする。
「よしっ、行こうぞ」
サンタさんがムチを打つとたぬきは「ボンッ」と変化する。けれど、少しおっちょこちょいなたぬきが変化したトナカイの鼻は真っ赤だった。しかし、それ以外は完璧なたぬきが化けたトナカイはソリを空へと走らせると、空を掛ける風で紙がふわっと舞う。
そこには「クリスマス大作戦」と銘打ってあり、温暖化などによりトナカイ減少したことで、トナカイの派遣が厳しくなったことや、日本支部ではたぬきときつねがトナカイに化けられないかと打診がある旨が書かれていた。そして、たぬきが見ていた欄にはきつねがかなり好成績を残しており、たぬきは半分くらいしか配ることができていなかった。
「たぬきだって・・・負けないぞ」
たぬきはトナカイに化けながら、空を駆け、地上を見下ろす。地上は夜も更けていたが、パラパラと光が散りばめられており、それは住宅やお店の光だった。そして、ほんの僅かばかりの山を切なそうに見るたぬき。
たぬきもトナカイ同様、温暖化や開発事業で済む場所が減ってきている。そんな中で、サンタさんとクリスマスプレゼントを配る仕事が手に入れば、住み家と毎年冬場に食料を提供してもらえるようになる。きつねよりもおおらかで、優しい反面、のんびり屋さんなたぬきもこれだけは負けられないと気合を入れた。
◇◇
「サンタさん、次行きましょ、次」
プレゼントを置いて、家から出ていたサンタさんをたぬきがソリのところでジャンプしながら、急かす。
「たぬきくん。子どもの顔は見ないのかね?」
「見たいですけれど…プレゼントを配らないと」
たぬきの焦る顔を見て、サンタさんはヒゲでわかりずらかったが少し寂しい顔をして、
「たぬきくん。さっきまでキミは子どもたちの安らかな笑顔を見て、とても幸せそうな顔をしていたじゃないか?」
と優しくたぬきに質問した。すると、たぬきは、
「そこは…ボクのいけないところです。仕事中なのにサボってしまって…だからきつねに負けてしまうんです」
と答えて、自責の念に駆られたような切ない顔をする。そんなたぬきにサンタさんは近づいて行き、優しく頭を撫でる。
「人もそうじゃが、きつねくんはきつねくん。たぬきくんはたぬきくん。それぞれ良いところがあるとわしは思うんじゃよ」
「うーん…」
それでも、たぬきは先ほどのグラフを思い出し、自分に自信が持てませんでした。
「たぬきくん、隠れてくれっ」
「えっ」
サンタさんが何かに気づいた様子でたぬきにお願いする。
「早くっ」
ドロンッ
たぬきはトラックに化けて、サンタさんを運転手にしました。慌てていたので、排気口がしっぽになっていましたが、変化を解かないと治せないので、ドキドキしていると、浮かない顔をした男が寒そうにしながら、家に入っていきました。その男はその家の主だったのです。
ボンッ
たぬきは変化を戻して、腹時計を確認すると、もう24日の日付を越していました。
「もうこんな時間なのに…」
「たぬきくんもきつねくんも。人間たちに住み家を奪われながらも、わずかな自然を守ってくらしていくために一生懸命働いているが、人間も人間で身を粉にして働いているんじゃよ」
サンタさんとたぬきは男が入った家のリビングの明かりをぼんやり眺めていた。
「ねぇ…サンタさん」
「なんじゃ? たぬきくん」
「お願いがあるんだ」
◇◇
ピピピピッ、ピピピピピッ
ポチッ
昨日深夜に家に帰った男がスマホのアラームを止める。
「ふああああっ」
昨日は暗い中で電気もつけずに、こっそりと自分の布団に入ったので気づかなかったけれど、一緒に寝ている我が子の大きな靴下の中にプレゼントが入っているのを見て、微笑ましい気分になる。
「さてと……んっ?」
男は起き上がり、仕事に行く準備をしようとすると、自分の枕元に箱が置いてあるのに気づいた。男は妻が置いたのかと思いながらも、その箱を持って、リビングへと向かい、
ビリビリッ
箱の包みを破くと、中には『緑のたぬき』が入っていた。
「なんじゃこりゃ?」
男はまじまじと箱を見ていると、メモが置いてあるのに気が付いた。
「メリークリスマス。深夜までお仕事お疲れ様です。夜食のお供にどうぞ……サンタより……?」
男は不思議がりながらも、カーテンを開けて、外を見た。その日は冬には珍しい快晴だった。
◇◇
「たぬきくんはやっぱりたぬきくんじゃのう」
サンタの秘密基地に帰ってきたサンタさんは自分の肩を叩きながら、疲れつつも満足そうな顔をしていた。
「お疲れさまでした…サンタさん。ご無理を言ってすいません」
たぬきが申し訳なさそうな顔をしていると、サンタは「フォッフォッフォッフォッ」と大笑いして、
「たぬきくんらしい。素敵な考えじゃったよ。だから、わしもやりたいと思ったんじゃ。いいじゃないか、疲れた大人たちにもプレゼントを配るなんて」
と、ウインクしながら、親指を立てる。
「でも、大人はあんまり夢を持っていないから、僕の大好きな『緑のたぬき』をプレゼントなんて良かったんでしょうか?」
「良いと思うぞ。夜のカップ麺は美味しいものじゃ」
そう言って、サンタさんは大きな自分のお腹を擦る。それを見てたぬきは「はぁ、そういうものですか」と返事をした。
「それにの? 日本人は大晦日に年越しそばを食べる習わしがあるんじゃ。じゃから、タイミングもばっちしじゃとわしは思うぞ」
そんな話をしていると、本物のトナカイときつねがサンタさんとたぬきの前に現れた。
「結果発表だってさ」
きつねがそう言うと、3匹とサンタさんは別室へと向かった。
「では発表します」
たぬきとコンビを組んでいたサンタさんより大きな長老サンタさんがみんなの顔を見ながら、宣言をする。
「来年のプレゼント配布に協力してもらう動物は……」
(僕の勝ちさ)
きつねは自信満々の顔で結果を待っていた。
(僕は……)
圧倒的な配布数の差を思い出すたぬき。後半も頑張ったけれど、その差は簡単に埋まるようなものではないのは理解していた。
けれど、たぬきは俯くことはなかった。
(僕は僕のやり方でみんなを幸せにできたんだ。悔いはない)
達成感を持っていたたぬきの顔を見て、きつねは顔を引き締めて、長老サンタさんを見る。
「二匹とも、来年も頼めるかのう?」
長老サンタは笑顔で二匹に尋ねた。
たぬきもきつねもその発言を予想していなかったので、一瞬麺を喰らった顔をしたが、すぐに表情を引き締めて、
「「はいっ!!!」」
と元気よく返事をした。
◇◇
大晦日。
ゴーンッ、ゴーンッ、ゴーンッ
ポーンッ、ポーンッ、ポーンッ
「はははっ、パパ上手、パパ上手」
除夜の鐘に合わせて、たぬきは自分のお腹を叩くと森の中に心地の良い腹づつみが鳴り響き、子だぬきはそれを喜んだ。
「さぁ、さぁ、我々も『年越しそば』を食べようじゃないか」
そう言って、両手で印を結んでたぬきがふんばると、
ボンッ
何もないところからアツアツのヤカンが出てきた。
たぬきはそのヤカンを持ち、家族みんなの前にある「緑のたぬき」にお湯を注いでいく。
「もういいもういい?」
子だぬきが注がれたばかりの「緑のたぬき」をわくわくしながらフタに手をかざして、たぬきを見る。
「3分まで我慢だ」
そうして、そわそわする子だぬきは「まだ?」と何度も尋ねるが、「まだだ」とたぬきは答えて3分が経った。
「「「せーのっ」」」
香ばしい香りと共にゆげがたぬきたち家族を包み込んだ。
「ふふふっ。いつも化かすのは私たちなのに、人間に化かされているみたいね」
母だぬきが言うとたぬきは「そうだな」と微笑みながら答えた。
「「「いっただきまーす」」」
3匹は仲良く「緑のたぬき」を食べさせてもらいました。
「うーーんっ、やっぱり揚げ玉、最高!!」
子だぬきが喜ぶのを見て、
「じゃあ、父さんのも少し分けてやろう」
たぬきは自分の揚げ玉を半分に割って、子だぬきに分け与えると、子だぬきは
「やったっ」
と言いながら、ほくほくの揚げ玉を美味しそうに食べました。それを見て、たぬきは、
(サンタさんと一緒に人の幸せ顔や人の子の幸せ顔を見てきたが…やっぱり家族が一番だなぁ)
そんな風に思いながら、たぬきは家族とアツアツの「緑のたぬき」をいただきましたとさ。
おしまい。
たぬきときつねのクリスマス配布合戦 西東友一 @sanadayoshitune
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