Episode 25

 芳文は痛みに顔を歪める。

 次第に増える傷。避けきれず左腕に刺さったナイフを抜き捨て、とにかく動き続けた。飛んでくるナイフを炎で撥ね返して隙を作っても、またすぐに次なる攻撃が来る。その場から離脱し態勢を整えようにも抜け出すことができずにいた。

 せめて弾き返すことができたならと思うが、しかし芳文は得物を持っていない。ろくに力も使えなかった芳文は、基本的に戦い場に立つことがないからである。

 そのときだった。


「高木!」


 拓海の呼びかけとともに、背後から何かが飛んでくる。

 青色の剣だった。芳文は感覚でそれを受け取って振り下ろし、タイミングよく雷のナイフを弾いた。


「助かる」


 感謝するとともに、芳文は剣を構え意識を集中させる。

 雑念を切り捨て、感覚を研ぎ澄ます。どんな気配も逃さず捉え、自身へと襲い来るすべてのナイフを一つひとつ確実に捌いていく。そして最後の一本を半転して躱し、右足で地を踏み締めて渾身の一振り。ちょうど目の前に現れたクライブの刃を薙ぎ払い、そこから反撃へと転じる。

 その一瞬で、流れは変わった。

 攻守は逆転。怒涛の打ち込みでクライブを圧倒していく。

 今度は芳文が相手の逃れる隙を与えず、終いには彼の手から得物を打ち飛ばした。そして僅かに態勢を崩した瞬間を見極め、さらに止めの一撃。


「チッ」


 跳び退ったクライブが舌打ちする。

 頬に浮き出た一筋の赤い線。躱しきったと思った一太刀は、僅かにクライブへ届いていた。咄嗟に退いていなければ、その刃は確実に彼を捉えていただろう。


「まったく、君には驚かされるばかりだ」


 肩を竦めるクライブ。

 芳文の存在は〈焔凪えんな〉に長く潜入していた彼もよく知るところではあったが、今の実力を考えると本当に落ちこぼれだったのかと疑いたくなる。


「……自分でも、びっくりしてるよ」


 芳文は荒い息をつく。

 本人も驚くほどここまで走り抜いてきた。巨大鬼を

しかし何事も永遠はないもので、その点をクライブも突いてくる。


「さすがに、そろそろ限界だろう」

「諦めないって言った。僕は、《ルミナス》を取り戻すまで退くつもりはない」

「その心意気は買うが、引き際は弁えた方が身のためだよ」

「でも、それはここじゃないって思うんだ」


 引き際が大事なのは言われずともわかっているが、でもそれ以上にまだ終わったわけではないと芳文は思っていた。

 まだ退くときではない。

 確かに、力は尽きそうだ。

 けれど、身体はまだ動く。

 やり切った、とは言えない。

 ここで中途半端に退けば、やり残したことを後悔するだけだ。

 だから、今この瞬間に全力を尽くす。

 息を整え、芳文は踏み出した。

 強く地を蹴り、クライブとの距離を詰める。


「ならば、《ルミナス》の前に倒れるがいい」


 迎え撃つクライブはポケットに入れた左手を出し、その手に握った純白の石をかざして見せた。

 刹那、強烈な光が彼の前面に放たれた。

 宝玉 《ルミナス》による高エネルギーの射出。

 どこまでも澄み渡る純粋な光の力は、一切の穢れを寄せ付けずそのすべてを撥ね返す。陰陽併せ持つ人間が、この光を身に受ければどんな強者といえども立ってはいられない。

 昨夜身をもって体験したばかりの芳文に、そんな光の力が再び牙を剝く。


(しまった……)


 そう思ったときにはすでに遅く、光は間近に迫る。

 回避するすべはない。このあと《ルミナス》の光に弾かれ地面に倒れ伏した自分の姿までが脳裏に浮かぶ。

 しかし芳文はそれでもあえて光の中へと飛び込んだのである。


「……馬鹿か、あいつは」


 その様子を見ていた拓海が眉をひそめた。

 宝玉の力は、拓海もよく知るところだった。あの強大な光の力に触れて、無事でいられるはずはない。その中を突っ切ろうなんて無謀にもほどがある。

 けれど――

 彼らの予想に反し、《ルミナス》は芳文を拒むことをしなかった。

 むしろ優しく受け入れるように少年を包み込み、そして彼の背を後押しするかのように力を与えてくれたのだ。


「ありがとう」


 微笑を浮かべ、感謝の気持ちを囁いた。

 より一層勢いを得て、芳文は駆け抜けていく。


「――――なにっ!?」


 さしものクライブも驚愕の声を上げた。

 予想外の展開に対応が遅れ、打つ手もないままに芳文を迎え撃つ。

 光の中を勢いよく突き進む芳文は、クライブが動くよりも速く懐に踏み込んだ。


「ぐ、は……っ」


 どん、と聞こえてきそうなくらい強い衝撃がクライブの身体を突き抜ける。

 彼の腹部にめり込んだのは、刃ではなく拳だった。

 炎すら纏っていない、ただの拳。

 直前で纏う力を解いたその拳は、しかし少年の細腕からは想像もつかないほど重く。その一撃から発生した衝撃は、一瞬でクライブの意識を刈り取った。


「《ルミナス》は返してもらうよ」


 ぐったりと力なく倒れ込んだ彼の手から、芳文は《ルミナス》を拾い上げた。

 そして手にした宝玉を、取り戻したことを示すように高く掲げる。

 すると《ルミナス》から光が放たれ、その光が周囲に残っていた鬼をすべて消し飛ばした。頭上に広がっていた暗雲も、光を受けて徐々に晴れていく。降り注ぐ日の光が綺麗だった。


「芳文先輩!」

「わっ!?」


 飛び込んできた弥里を抱きとめきれず、芳文は後ろに倒れ込む。

 それも構わず、彼女はぎゅっと抱きしめてきて。


「やりましたね、芳文先輩」

「ああ、うん。そうだね」


 弥里に言われて、ようやく実感が湧いてくる。

 落ちこぼれの芳文がクライブを倒し、〈焔凪えんな〉の重要な宝玉を取り戻したのだ。大きな一歩どころか、とんでもない一歩を踏み出してしまった気分だった。


「やるじゃねえか。悔しいけど認めるしかねえな」

「ああ、見直した」

「そうね。ただのヘタレかと思ってたけど、そうじゃなかったみたいね」


 弥里に遅れて集まってきた三人に、何とも言えない微笑みを返した。

 やり切ったとそんな達成感に浸る間もなく、どっと疲労感が押し寄せてくる。朦朧とし始めた意識の中で、芳文はまだ抱き着いて離れない少女の名を呼んだ。


「弥里、あとは頼んだ」


 ようやく身体を起こした弥里へ、手にしていた《ルミナス》を預ける。

 そして今度は芳文が彼女の肩に頭を寄せ、ゆっくりと眠りに落ちた。


「お疲れ様です、芳文先輩」


 くすりと笑って、弥里はそっと呟いた。




  ***

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