Episode 24
「僕が、《ルミナス》を取り戻してやる!」
そう宣言するとともに、強く握り締めた両の拳に萌黄色の炎が灯る。
それは、覚悟の証か。今までのどんな炎よりも力強く燃え上がり、そしてそこに宿る純粋に満ちた輝きは恐怖の感情を持たない鬼をもたじろがせた。
「これは……」
と驚きの声を零したのは、芳文自身だった。
味わったことのない感覚が全身を包む。堰き止められていたエネルギーが一気に解放されたかのように。今までどんなに捻くり出そうとしても、手の平に作る小さな炎で精一杯だった力が、無限に思えるほど溢れ出してくる。
「これなら!」
行ける。
自信を持ってそう言える日が来るなんて思いもしなかった。
けれど、喜びに浸るにはまだ早い。
有言実行するために、芳文が目指すはただひとつ。
宝玉を持つクライブがいる場所。
しかし、《ルミナス》までの道のりはあまりにも遠く。未だ草原に広がる黒い波、そして立ち塞がる巨大鬼。それらを超えていかなければ、彼のもとへは辿り着けない。
だけど、今の芳文に迷いはなかった。
これまで『逃げる』ことを真っ先に選択してきた芳文は、今度こそ『立ち向かう』ことを選択する。力強く地面を蹴り、駆け出した。
芳文が拳に宿した炎に一瞬怯んでいた鬼たちも勢いを取り戻し、向かってくる彼の覚悟を打ち砕かんと殺到する。 それらすべてを炎によって払い除け、薙ぎ払い、燃やし尽くして前進していく。
そしてついに、巨大鬼が芳文の前に立ち塞がった。
「さて、君はあれを倒せるかな」
クライブが、少年の力量を推し量るように様子を窺う。
芳文の眼前に立つのは、この場にいるみんなが苦戦を強いられた相手。学院トップクラスの術師でさえ、自分たちの未熟さを突きつけられ、そして今の自分たちでは敵わないと諦めた相手である。
力に覚醒したばかりの芳文が、小手先でどうにかなるような存在ではない。
だけど。
「それでも僕は諦めない!」
迷わず巨大鬼へ挑む。
不思議と怖れはなかった。不安はなかった。
それは、ひとりではないことを知っているからで。
巨大鬼の体に刻まれた傷痕。
直也が、拓海が、弥里が、遥子が繋いできた想いの証がそこにある。
今立ち向かうのはひとりだけれど、みんなで戦っている。みんなで戦ってきたのだ。
だから最後は、芳文がそれを引き継ぐ番だ。
「もう恐れない! 逃げも隠れもしない! 前へ進むんだ!」
己を鼓する。拳を強く握り締めた。
立ち向かうと決めたのだ。
悔しかった。苦しかった。痛い思いをいっぱいした。何度も何度も繰り返して。いつしかどっぷり浸かってしまった泥沼の中で、すり減っていくばかりの体力では抜け出す糸口すら見つけられなくて。そのうち、どうして生きているのかさえもわからなくなった。どんどん深みに嵌って、自分を見失っていくようだった。
だけど、もう十分だ。
そんな世界はもう十分に味わった。味わい切った。
だから進もう。
きっと今まで自分は変わることを恐れていた。変わりたいと望みながら、心のどこかで力を持つことに恐れ、このままでいいとまで思っていたのだ。そんな気持ちがあったから動けずにいた、動かずにいた。
でも、もう躊躇う理由はどこにもない。
変わるとか、変わらないとか、そんなことすらもどうだっていい。
今はただひたすら、前へ進むだけ。
そんな芳文の心を打ち砕くため、巨大鬼はこれで何度目かになる拳を少年へ向けて振りかぶる。
その光景はまたあの夢に似て。そこで見たものは、無力さに打ちひしがれた自分だったけれど。しかし今この瞬間こそは逃げずにしっかりと踏み止まり、これまでに味わってきたすべての想いを炎に込めて芳文は拳を突き上げた。
刹那。
衝撃の波が広がり、一瞬の沈黙のあと。
鬼の右腕がミシミシと音を立てひび割れていく。
萌黄色の光と熱がその核にまで到達するほど深く突き抜け、これまでとは違う体感にさすがの巨大鬼も動きを鈍らせる。
その隙に芳文は走った。
走って、そして跳んだ。
高く、鬼の胸元へ。
「これで、終わりだ!」
気合の一声。
萌黄色の炎を纏う拳を、遥子が残した胸の傷痕へと全力で叩き込む。
「――――ガッ!!」
と呻き声にも似た衝撃音が響く。
瞬間。それまでどんな攻撃をも弾き返してきた硬質の体が、まるでガラスでも叩き割るかのように粉々に砕け散った。
「嘘でしょ」
「あれが……」
「本当に、落ちこぼれの高木芳文なのか」
目の前の光景に驚愕する。
落ちこぼれの高木芳文と呼ばれていた少年の変貌ぶりに驚かずにいられない。
それはクライブも同じだった。
「これは驚いた。高木芳文、これほどの男だったか」
舞い散る漆黒の破片の中心で、炎という形をもって強き覚悟を握り締めた芳文。その視線はクライブの方へと真っ直ぐに向けられ、そして再び駆け出した。
行きがけに、再び新たな融合を果たそうとする小鬼の群れを一挙に焼き尽くす。もはや、この少年を止められる鬼はいなかった。
「面白い。ならば――」
不敵な笑みを浮かべ、ついにクライブが動く。
どこからともなく取り出した短剣を手に立ち上がり、こちらも地面を蹴った。自身の力である黒い雷を纏い、クライブは閃光のごとき速さで芳文の前に出る。
「っと……」
刹那、足を止めた芳文は仰け反って刃を躱した。
刃は喉元ぎりぎりを過ぎ、そして反撃しようとした寸前でクライブの姿が消える。
「……くっ」
異なる方向から飛んできた雷のナイフが右頬を掠めた。
次いで、背後に現れたクライブの短剣をなんとか躱す。
攻撃はさらに続いた。あちこちから飛んでくる黒雷を帯びたナイフ、それを防ぐ隙を突いたクライブの攻撃。それらすべてを捌いていくのが精一杯で反撃する間を作れない。
「だめだ、抜け出せない」
***
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