Episode 20
芳文たちの前で、巨大な鬼がゆっくりと起き上がった。
高さは、十メートルくらいはあるだろうか。体格こそ細身だが、しっかりと大地を踏みしめ、鋭い爪も黒く硬質な皮膚も頭部の角もそのままに、ひとつの巨大な鬼としてその場に君臨する。
何より驚いたのは、見た目の大きさ以上に内包する強大な力だった。おそらくこの場にいる少年たち全員を合わせても、この鬼には及ばない。
「これ、は……」
その光景を見た瞬間、芳文は強烈な既視感に襲われた。
景色が遠いて、まるで映画のスクリーンでも見ているかのごとく映った。この光景に見覚えがあるような、どこかで体感したことがあるような。そんな不思議な感覚にくらくらと眩暈がした。
(……あのときの)
昨日の昼休憩のときに見た、あの悪夢が頭の中に蘇る。
仲間たちはあられもない姿となり果て、自分だけがその場に残された。無力な自分にはなす術などなく、あの巨大な鬼の拳をただただその身に受け止めるしかなかった。
絶望しかなかった夢の中の体験は、未だ記憶に残っていた。
でも、それはあくまでも夢でのお話。目の前に起きていることが悪夢と重なったからといって、それがそのまま現実となるわけではない。
勿論そのことはわかっているのだが、それにしたって眼前の巨大鬼は自分たちが相手取るにはあまりに強大で、どうしてもあの悪夢を想起せずにはいられなかった。
そんな芳文に反し、好戦的な直也は迷わず巨大鬼へ挑むことを選択する。
「ふん。いいぜ、俺が相手してやる!」
にやりと笑みを浮かべ、直也が拳を構えた。
力量差がわからないわけではないだろうが、直也にしてみればより強い相手と戦えること以上に燃えるものはない。構えた拳を足元の地面に突きつけ、練り上げた気を解き放つ。
すると、大地が蠢いた。
直也の前で地面がゆっくりと盛り上がり、そこから土の人形が造られていく。
やがて巨大な鬼にも匹敵する大きさにして、太くがっちりとした体格を持つゴーレムが完成した。そこに内包する強力なエネルギーは、もしかするとあの巨大鬼を打ち砕くことができるのではと思わせるほどだった。
「喰らえ!」
直也が吼える。
その意志と動作に合わせ、ゴーレムが一歩踏み込んだ。轟音とともに大地を鳴らし、渾身の力を込めて拳を振り抜く。
迎え撃つ鬼も、同じように右の拳を振り上げた。
――直後。
ふたつの巨体が衝突した。
その瞬間に巻き起こった衝撃の波が、足元でひしめき合う小鬼たちを一挙に吹き飛ばす。
けれどそれも一瞬、草原にはすぐに静寂が戻った。
「ぐぬぉ……」
奥歯を噛み締め、直也が喉の奥から唸り声を漏らす。
ゴーレムと巨大鬼。
二体の対立は、力比べへと発展していた。
渾身の力を込めたはずの一撃は鬼の左手によって受け止められ、その一方で鬼の拳はゴーレムの左手が受け止める。お互いがお互いの拳をがっちりと抑え込んだ体勢のまま、睨み合うように額を突き合わせる二体。
直也が少しでも気を抜けば、そこでゴーレムの敗北が決定する。それだけは絶対に許せなかった。
「……負けて、堪るかあっ!」
よく見れば鬼の左腕には肩にかけてヒビが入っている。このまま押し切れば、打ち倒すことができる可能性まである。なおさら、負けるわけにはいかない。
しかし。
気合とともに直也がさらなる力を込めた、次の瞬間。
「――――――っ!?」
ゴーレムの左腕が砕け散り、右腕は握り潰されるように破壊された。
さらに、鬼は止めとばかりに自由になった右腕でゴーレムの胴体を打ち砕き、両腕をなくしたゴーレムはそれを防ぎようもなく粉々になって崩れ落ちた。
「くそっ!」
眼前の結果に、直也が悔しそうに足を踏み鳴らす。
その動作で襲いかかってくる周囲の小鬼をすべて土の槍によって串刺しにし、新たなゴーレムを生み出すために力を練り上げる。
対する巨大鬼はゴーレムの残骸を薙ぎ払い、前進した。直也が力を発動させるよりも早く、容赦ない一撃を加える。
「ごあっ!?」
咄嗟に造りあげた土の壁ごと、直也が吹っ飛ばされる。
その勢いは止まらず、地面に身体を打ち付けながら数メートルもの距離を転がった。
「……くそ」
敗北感に打ちひしがれ、地面に拳を叩きつける。
すぐには立ち上がることもできず悔しい思いをする直也の視界に、群青色の稲妻が鬼の頭頂部へと降り堕ちるのが映った。
「――――――――っ!?」
拓海による渾身の一撃だった。
有りっ丈の力を込めて振るわれたその一撃は、鬼の頭部にヒビを入れる。
しかしそこまでに止まり、それ以上はびくともしない。
「……それなら!」
もう一度、次はさらなる力を込めて。
鬼の頭を蹴って高く跳び上がり、雷撃を刃へと収束させる。
落下に合わせて、剣を振りかぶった。
が、そのとき。
「……ぐあ」
突然目の前に現れた小鬼に、横腹を蹴り飛ばされた。
剣を振り上げた状態の無謀着な右脇腹をつかれ、防ぐこともできずに身体が流される。
そのうえ、飛ばされた先もまずかった。まるで図ったかのように、巨大な鬼の前へと放り出されていたのだ。
「しまった……!?」
気づいたときには遅く、容赦なく拳が振り下ろされる。
ゴーレムの硬い体を一撃で打ち砕くその拳が、生身の人間に直撃すればひとたまりもない。どうにか直撃だけでも免れようと拓海は中空で身体を捻る。
「――青葉先輩!」
少女の声が届き、視界の横で桜色の炎が爆ぜた。
***
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