Episode 19
「……そうか、残念だ。君には、特に期待していたんだけどね」
心底残念そうにクライブがそれに応じた。
そして残る四人へと視線を向ける。
「君たちは――」
どうするかと問いかけようとした声が、直也の声に遮られた。
「そうだな、そうだよな。そんな力手に入れちまったらつまんねえしな」
「ああ、確かにな。持て余すだけだ」
「まさか落ちこぼれに教えられるなんてね」
数歩後ろに下がって、クライブから距離を取る。どこかすっきりとした表情で言葉を交わす彼らは、まるで何かの暗示から解放されたかのようだった。
振り返った弥里が、いつもの笑顔で芳文を呼ぶ。
「芳文先輩。先輩がいてくれてよかったです」
「僕は何もしてないよ」
肩を竦める芳文に、今度は直也が告げた。
「高木。お前は役立たずなんかじゃねえぞ」
「え?」
「なんだお前、気づいてなかったのか」
「お前が近づく敵の存在をいち早く察知して教えてから、俺たちは危機を逃れることができたんだ」
「そうね、今だって道を踏み外しそうになった私たちを助けてくれたじゃない。首領が、あなたを必要って言った理由がわかった気がするわ」
思いがけない言葉に、芳文はどう反応していいものか困ってしまう。
落ちこぼれの芳文は、いつだって足手まといの邪魔者扱いで。それは今回だって例外ではなく、反発した彼らは首領に《ルミナス》の実物を見た芳文が必要だなんて言われて押し切られる形で納得させられていた。だから、そんな風に言われるなんて考えてもいなかったのだ。
そんな芳文の様子を微笑ましく思いつつ、弥里はクライブへと向き直った。それに続いて、拓海たちも彼と対峙するようにそちらへ身体を向ける。
「つまり、君たちもこちらへ来る気はないわけだね」
「ああ。俺たちも、お前に従うつもりはない」
「ならば、それは返してもらおうか」
答えを聞いて、即座にクライブが動く。
彼の合図で黒い鞭が伸びた。どこからともなく現れたその鞭は拓海が反応するよりも速く、彼の手から《ルミナス》が入った小箱を打ち飛ばした。そして宙に舞った小箱を別の影が素早く回収し、クライブのもとへと運んでいく。
それを阻止しようと放たれた土壁や囲い、炎の弾丸は悉く躱され、もしくは破壊された。宝玉を無事に受け取ったクライブが後方へと大きく跳び退る。
「くっ……」
痛みに顔を歪め、拓海が右手を押さえる。
その横で、阻止し損ねた直也が舌打ちした。
「ちっ、やっぱそう来るよな」
「上等だ。取られたなら、また取り返せばいい」
「だな。それじゃ今度は俺が取り戻してやるよ!」
「いいや。俺が責任をもって取り戻す!」
不敵な笑みを浮かべて、拓海と直也が競うように駆け出した。
それに対して。
「行け!」
クライブの一声で、草原に控えていた鬼が待っていましたとばかりに動き出した。
多勢に無勢。その数はとてもふたりでどうにかなるようなものではない。しかしこの圧倒的不利な状況をものともせず、拓海と直也は迷わず鬼の軍勢に突っ込んだ。
地響きと雷鳴が草原に轟く。
衝撃とともに、数体の鬼が宙を舞った。
目指すは、クライブがいる場所。それぞれの力で、そこまでの道を切り開く。
たったふたりの少年に殺到する鬼は、彼らの勢いに押し負けて次々と数を減らした。それでも圧倒的な数をもって食らいつき、ふたりの進路を何度も押し潰す。
「邪魔だあ!」
「どけ!」
行く道を何度塞がれようとも屈することなく、拓海と直也は着々と前進する。
平然と突き進む彼らの勇姿を前に、感心の声がこぼれた。
「さすが。学院の頂点にいるだけのことはある」
ふたりが目前にまで迫ってきているというのに、クライブの声はどこまでも落ち着き払っていて。まるで他人事のように見物している彼の態度が気に食わず、直也が吼えた。
「余裕ぶってられんのも今の内だぞ!」
「さて、それはどうだろうね」
不敵な笑みを浮かべ、クライブが指を鳴らす。
その合図を受けて、鬼の軍勢に異変が起きた。
鬼がひとつ所に寄り集まって重なり、融合し始めたのだ。
「あ?」
「これはまさか……」
怪訝な表情を浮かべる直也と、何かを察して顔を
彼らの前で瞬く間に築き上げられた黒い山から、やがて大きな手が伸び出てきた。
「……やっぱりか」
予想通りの結果が見えた瞬間、拓海がそれを阻止すべく雷撃を放った。
しかし周囲の鬼が盾となって邪魔をし、食い止めるどころかそこまで攻撃が及ばない。そうこうしているうちに山の中からは胴体が形成され、あっという間に上半身を完成させ始めている。このまま下半身が形成されるのも時間の問題だった。
「石動、どうにかしてあれを止めろ!」
「お、おう!」
応じた直也が行動に移るよりも早く、鬼が彼に殺到する。
まだ大量に存在する鬼にあっという間に囲まれ、肝心な相手には手が出せない。結局ふたりとも止めること叶わず、ついにその全身が露わとなった。
「嘘だろ、おい」
周囲に鬼を打ち飛ばしたところで、直也は眼前の光景に驚愕する。
目の前に、暗雲にも届きそうなほど巨大な鬼が立っていた。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます