Episode 18
雲ひとつない晴れ晴れとした空は、いつの間にか暗雲に覆われていた。その陰の下では、自分たちの出番を今か今かと待ち受ける鬼たちが紅の双眸を怪しく光らせ睨みをきかせている。
そんなプレッシャーの中、振り返った芳文たちの視界に映ったのは、ちょうどこちらへと駆けつけてくる青年たちの姿だった。
左腕にしている腕章で、彼らが〈
「何言ってんだてめえ! 俺たちはそいつらの仲間だぞ!」
先頭を走ってきた青年が、クライブの話を聞きつけて叫ぶ。
彼は自分たちが芳文たちの追手だと言うクライブの言葉を否定し、芳文たちと合流を果たそうとするも、そこに辿り着く手前で透明な壁に衝突し撥ね返された。
「……くそっ、結界か」
地面に転がった青年が見えない壁を睨みつけ、苦々しく吐き捨てた。
後続のふたりは結界に気づいていたようで、情けない姿を晒す彼に頭を抱えている。クライブもそんな様子に嘲るような笑みを浮かべ、
「言い忘れていたが、ここには予め結界が張ってある。君たちが捕まるようなことはないから、安心するといい」
傍にいる芳文たちへそう説明を加えた。
それを聞いて、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
「これは……」
遅れてやってきたふたりが鬼の軍勢が控えている草原の光景に息を呑み、そして少年たちの安否を確認する。
「みんな、無事か?」
「…………」
しかし、それに応じる者は誰もいない。
代わりに向けられた猜疑に満ちた眼差し。彼らに対する不信感は、仲間だと言う青年の一声では覆らなかった。
立ち上がった青年が、結界に拳を叩きつけて怒声を上げる。
「おい、てめえ! あいつらに何吹き込みやがった!」
「何って? 何も知らない少年たちに真実を教えてあげただけさ」
答えて、肩を竦めてみせるクライブ。
当然そんな話を受け入れられるはずもなく。
「ふざけんな! お前が教えてんのは嘘じゃねえかよ!」
青年からそんな声が返って来るが、クライブはそれに応じない。
もう青年たちに興味をなくしたというように視線を外す。
「聞いてんのか、おい!」
ドンドンと結界の壁を叩きながらなおも訴えかけてくる青年に、やれやれと面倒そうに呟き、クライブはすっと右手を挙げた。
パチンと指を鳴らすと、騒がしかった音声がまるでボリュームでも下げたかのように遠ざかっていく。その合図で芳文たちの視線も集めたクライブは、改めてそちらへと向き直った。
「さて、どうする? 彼らに捕まるか、それとも私と共に来るか。選択肢はふたつにひとつだ」
クライブが投げかける。
「私と来れば、すべてが思いのままだ。力の追求を咎められることもない。その血筋に苦しむこともない。他者に虐げられることも、落ちこぼれなどと蔑まれることもない」
その言葉に、心が揺らぐ。
まだ迷いがあった。クライブに従うべきか決めかねていた。
「みんな、騙されるな!」
「彼の言うことを聞いてはダメ!」
後ろで青年たちが叫んでいる。
けれど結界に遮られたその声は遠く、芳文たちの心を動かすまでには及ばない。
「愚かだった君たちは真実に気がついた。首領は君たちを切り捨てたが、私は違う。君たちに希望を与えるために、ここで待っていた」
その証として《ルミナス》を授けたのだと、拓海の手にある小箱を指し示す。
そしてクライブは前に出した右手を天に向けて開き、少年たちへと差し伸べた。
「さあ、行こう! 《ルミナス》の先にある希望の未来へ!」
その声が最後のひと押しとなって、少年たちの心を動かした。差し出された手を取るように、彼らはついにクライブのもとへと歩み始めた。
そのとき――
「断る」
と、少年たちの後方から声が上がった。
芳文だった。
ただひとり、芳文だけはその場から動くことなく立っていた。
「僕は、そんな方法で力を手に入れたいとは思わない。そんな方法で認められたくなんかない」
そう続けた芳文に、全員の視線が集まった。
皆が注目する中、芳文は言葉を紡ぐ。
「確かに、力が欲しい。僕は落ちこぼれで、全然役に立たないし、どうしようもなく駄目な術師だ。どんなに頑張っても、ろくに力を使うこともできなくて……。でもだからって、そんな方法に頼るのはやっぱり違う気がする」
力が欲しくない、なんて言えば嘘になる。それは落ちこぼれと言われる芳文が、ずっと焦がれてきたものだ。
もうそんな風に呼ばれないで済むのなら。情けない思いも悔しい思いも、しなくて済むのなら。それがどんな方法だったとしても関係ない。そんなものがあるのだとしたら、今すぐにでも飛びつきたい。手に入れられるものなら、何としてでも手に入れたいくらいだ。
だけど、それは現実から逃げたいだけなんじゃないのか。ただ楽をしたいだけなんじゃないのか、と芳文は思った。
「僕は父さんのような術師になりたいって思う。それも、そんな方法に頼るんじゃなくて、自分の力でなりたい」
芳文にとって父は憧れの存在だ。
目標でもあった。彼の背中を追いかけ、ずっとずっと努力してきた。
父である浩輔も同じように落ちこぼれからスタートし、そして誰もが認める術師となった。それは至誠に悖らず向き合ってきた彼自身の努力による賜物で、芳文もそんな父と同じように在りたいと思うのだ。
「……僕なんかには、無理なのかもしれないけど。それでも努力してきた過去の自分を否定したくないし、こんな僕を認めてくれる人たちに恥じない生き方をしたい」
認めてくれる人がいる。
信じてくれる人がいる。
そのことを知っているから、諦めずにここまで来られた。ここでクライブが提示した道を選んでしまったら、彼らに対しても、そして自分自身に対しても裏切り行為となる。それだけはやっぱりできない。
「だから僕は、その手は取れない」
クライブを真っ直ぐに見つめ、芳文が言い切った。
***
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