Episode 16
黒い波に覆われた草原を前に、呆然と立ち尽くす五人。
彼らの前で
それらすべてに共通しているのは、頭部に角があること。
緑豊かなこの土地で、異様な光景を生み出すそれは――
鬼だった。
鬼の軍勢だった。
「やられた……」
険しい顔で拓海が呟いた。
気がつけば、すぐ後ろにまで迫っていた追手は姿を消している。眼前に展開する鬼のあまりの数に圧倒されながらも、自分たちがこの場所に誘導されたのだと理解したときにはすでに遅かった。
少年たちの前に、ひとりの男が姿を現したのだ。
「……クライブ」
芳文がその名を囁く。
鬼の中心を割いて現れたのは、夜中に宝物庫で対峙した男だった。
年齢は三十代半ばくらい。黒いコートを羽織ったすらりとした長身に、くせのある茶髪と翠色の瞳。形のいい顔に浮かべられた表情は穏やかで、身に纏う柔らかな雰囲気はとても鬼を従えるような人間には見えない。
「へえ、あいつがクライブか。意外と若いな」
見定めるように直也が視線を向ける。
そしてニヤリと笑みを浮かべ、皮肉めいた口調で訊いた。
「それで、忘れ物でも取りに来たか?」
「別に忘れたわけではないよ」
対するクライブは、変わらず柔らかな口調で応じる。
そんな彼に、続いて訊いたのは芳文だった。
「じゃあ、どうして?」
「そうだ、お前は苦労して宝物庫から《ルミナス》を盗み出したはずだ。それなのに、どうしてテントに置いていった?」
芳文に次いで、拓海もその疑問に切り込んだ。
どうして手放したのか。
それは、ずっと気になっていた疑問だった。
クライブは長い時間をかけて〈
――『すべては《ルミナス》を手に入れるのため』
とは、クライブの言葉だった。
そこに費やした労力は相当に大きかったはずである。それなのに、ここへ来て宝玉を手放した理由は一体何なのか。
ふたりがその答えに注目する中、クライブは徐に芳文たち全員を見渡して口を開いた。
「それは、君たちに授けたんだ」
「授けた……?」
少年たちの顔に困惑の色が浮かぶ。
授けた、と言う彼の意図がわからなかった。
そもそも《ルミナス》は、本来〈
この場の誰よりも早く、拓海が問い質す。
「意味がわからん。お前の目的は何なんだ。一体何がしたい?」
「《ルミナス》自体も、そこに秘められた力も、確かに魅力的だ。それは実物を目の前にし、心を奪われた君もよくわかることだろう」
そう投げかける彼に、拓海は顔を
すべてお見通しというクライブの態度が気に食わなかったのだ。
ここに至るまでに、確かに拓海は《ルミナス》に心奪われ、己のためにそれを使おうとした瞬間があった。そのときは直也の叫び声で我に返ったが、次はもう正気ではいられないだろうとさえ思っていた。
そんな心の弱さを見透かされたようで落ち着かない様子の拓海を一瞥し、
「しかし私の狙いは、もっと先にある」
とクライブは話を続けていく。
「《ルミナス》は、鍵だ。その宝玉が、かつてこの世から消え去った大地への扉を開く。そこには、この世界をも変えることのできる力が存在する。私は、ずっと使われることのなかったその力を手に入れる」
宝物庫の前で『力は使ってこそ意味がある、価値がある』と語ったクライブ。
それは《ルミナス》自体に向けられた言葉ではなく、さらにその先に隠されている〝力の存在〟に対するものだった。
そして、その力を手に入れることこそがクライブの真の目的だったのだ。
「そんなものが……」
宝玉の先に、もっと大きな〝力の存在〟があるなんて考えもしていなかった。
これまで芳文は、〈
――とはいえ。
それが自分たちと何の関係があるのか。
クライブの言うことが正しかったとして。宝玉がかつてこの世から消え去ったという大地への鍵であり、そこにさらなる強大な力があったとして。クライブの目的に自分たちを含める理由がわからない。その答えにはなっていない。
まさか〈焔凪〉の術師でなければその扉は開かないなんてことはないだろう。そうだとしたら、あのとき芳文か拓海のどちらかを連れ去ればよかったはずである。こんな回りくどい方法を取る必要はない。
では一体、何故?
その疑問に芳文が口を開きかけたとき、クライブが先に言葉を継いだ。
「君たちは、《ルミナス》を取り戻すための重要な任務を与えられた。しかし、実際はそうじゃなかったとしたら君たちはどうする?」
***
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