Episode 15
「よし。合流できたことだし、さっさと帰ろうぜ」
「ああ、だがその前に……」
手についた土を打ち払った直也が、リーダーである少年へと促す。
それに頷いた拓海だったが、しかし彼にはその前に確認しなければならないことがあった。そのために自身の鞄に手をかけたところで、遥子から冷ややかな声があがった。
「何言ってるのよ、まだやることあるでしょ」
確かに無事に合流できたのは良かった。しかしこのまま帰ったのでは、ここへ来た意味がない。自分たちはクライブを見つけ出す命を受けたのではなかったか。
そんな最もな指摘に、直也が訝し気な表情で応える。
「いや《ルミナス》も回収したのに、ほかに何する必要があるってんだよ。奴を捕まえにでも行くのか?」
そんなに手柄が欲しいのか、と。
そう告げた直也の言葉に、君にだけは言われたくないと思いつつ。そこで生じた違和感に、芳文は首を傾げた。
「ん?」
「え?」
「ちょっと待って。今、《ルミナス》を回収したって言った?」
芳文に続き、疑問の声が続々とあがっていく。
当然だ。芳文たちは、《ルミナス》が拓海の手にあることを知らない。自分たちが落とし穴に嵌ったりしている間に、そんな進展があったなんて話は聞いていなかった。まだ、聞かされていなかった。
にもかかわらず。
「ああ。それで確認があるんだが」
手早く確認を済ませたい拓海は、ボディバッグから小箱を取り出しながら彼らの疑問を軽く受け流す。そして、三人の前でその中身をそっと明らかにした。
刹那。
「《ルミナス》!?」
三人が揃って驚愕の声をあげた。
とりわけ一番驚いたのは芳文だった。
「馬鹿、声でけえよ」
「ごめん、つい」
周囲を警戒するように見回す。
古森は特に異変もなく、そよ吹く風が梢を揺らし爽やかな音を鳴らしていく。木漏れ日の下でほっと胸を撫で下ろしたのは芳文だけでなく、この場にいる全員だった。
この森では何が出てくるかわからない。クライブの所在だってわからず、どこに何が潜んでいてもおかしくはないのだ。
「まあ驚くのも無理はねえけどな」
直也も宝玉を見せられたときは驚いたものだった。
最初は冗談かと思ったくらいだ。しかし青葉拓海が冗談なんて言おうはずもないと直也はすぐに思い直した。そのときは実際に見たわけではなかったが、これを目の前にすれば、なるほど確かに本物と疑わないわけだと心の中で納得した。
しかし、それだけに余計怪しさを感じずにはいられない。
「……でも、どうやって」
「あ? そういやお前らにまだ言ってなかったな」
事の経緯を訊かれて、思い出したように直也が呟いた。
そういう大事なことは先に言ってほしい。おそらく三人ともが同じ気持ちで冷たい視線を直也に向ける中、
「テントに置いてあったんだ」
と端的に答え、今度は拓海が三人と離れていた間の出来事を説明する。
テント内に放置されていた小箱に宝玉が入っていたという話を聞き、遥子が胡乱な目を向けた。
「偽物なんじゃないの?」
「だろ? 怪しいよな。俺もそう思ったんだけど……」
と、直也の視線が横に流れる。
他の三人もそちらを向き、全員の視線がひとりの少年へと集中する。それを受けて芳文が口を開いた。
「本物だよ。本物の《ルミナス》だ」
間違いない。宝物庫の前で一度目にしただけだったが、それでもこの神々しい光の石を見紛うはずもない。
それは、本物の《ルミナス》だった。
となると、どうしてそれをクライブが手放したのかが全くわからなかった。難攻不落ともされる宝物庫から苦労して盗み出したもののはずである。それをこうもあっさり手放すとは、何か理由があるのではないだろうか。
拓海と同じ疑問に至り、考え込んでいるとふと頭上から妙な気配が落下してくる。
「――――っ!?」
拓海も察知したようで、宝玉が入った小箱を素早く引っ込めた。
そこへ、ドサッと黒い物体が着地する。
「おわっ!」
驚いた声をあげたのは直也だった。
振り上げられた鉤爪を、仰け反ってぎりぎり躱す。
影のように黒く硬質な体を持つその物体の正体は、頭部に角を有する姿から『鬼』と呼ばれる異形の存在。術師であれば一度は対峙したことのある最もポピュラーな存在だが、その力量の幅は広く、意外と侮れない相手である。
宝玉に引き寄せられたか、少年たちの声や気配に気づいたか。この騒ぎを機に鬼が集まりだし、あっという間に囲まれてしまう。
そこへ、銃声が鳴り響いた。
「先輩方、こっちです!」
「よくやった、比嘉!」
弥里が逃げ道を切り開き、直也がすぐさま両側に土壁を展開してそれを維持する。
その道を使い、近い順にその場から離脱。一度逸れたことを考え、散らばらないように注意しながら、木々の間を駆け抜けていく。
やがて森を抜け、開けた場所へ出た。背後には、未だ無数の鬼が迫る。
「高木。もう一度訊くが、これは本物なんだな?」
「え? ああ、うん。本物だよ、間違いない」
最後尾を走る拓海の問いかけに、振り向いて答える。
彼が念入りに確認するのは、《ルミナス》が幻の可能性もあるからだった。考えたものが具現化されるこの森では、宝玉が誰かの思考によって生み出されたという場合も十分にあり得た。クライブが自ら宝玉を手放す目的がわからない以上、そっちの方がむしろしっくり来てしまうくらいである。
「そうか。それなら……」
拓海は立ち止まり、迫り来る鬼へと向き直った。
そして、意を決したように宝玉が入った小箱の蓋に手をかける。
このまま逃げ続けても埒が明かない。それに〈焔凪〉からも遠ざかってしまっているのも問題だった。そこで思いついた、この状況を一瞬にして打開する手段は――
「青葉?」
怪訝な表情で、拓海の背中に声をかけた瞬間。
芳文は後方に強大な気配を感じ取る。
それとほぼ同時。
「――なんだこりゃ!?」
先頭行く直也から驚きの声があがった。
続く少女たちも、目の前に広がった光景に息を呑む。
「どうした?」
状況を知らない芳文と拓海が振り向き、次いで言葉を失った。
「これは……」
少年たちの目の前、草原を覆い尽くす黒い波。
鬼の軍勢が、彼らを待ち構えていた。
***
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