Episode 13
外から聞こえた叫び声で、拓海の意識は現実へと引き戻された。
はっと振り返るが、今いる場所からでは何も見えない。聞こえた声は、見張りを任せた直也のものだ。敵でも現れたのだろうか。しかし、そんな気配は感じられない。
拓海は箱の蓋を閉じ、宝玉をボディバッグにしまう。
そして、
「やかましい。何かあったのか?」
警戒しつつも、文句を言いながらテントを出る。
けれど、そこに直也の姿はなかった。周囲を見回してもどこにも見当たらない。ただその代わりというように、近くの地面には妙な足跡だけが残されていた。
「……なんだこれは」
怪訝な表情を浮かべ、覗き見る。
よく見れば、なんとなくどこかで見たことがある形。
大きさは五十センチ近くあろうか。鋭い爪を持つ、三本指の巨大な足。二足歩行で森を駆けていくその足跡から、想像し得る大型生物の姿を思い浮かて。すぐに行きついた答えは、かつて存在していたとされる最強の肉食恐竜――ティラノサウルスだった。
「いやまさか」
思い至って、苦笑を零す。
いくら古い森と言えども、古代の生物が生存しているはずもない。そう思いたいところだが、ここは普段立ち入りが許されない未知の領域だ。実際のところ、何が起きるかわからない。目的は果たした以上、少しでも早くこの古森から出なければ。
そのためにはまず、直也と合流だ。
この地特有のエネルギーによって遠くの気配を探ることができない今、手掛かりとなるのは森の奥へと続く恐竜と思しき足跡。おそらく直也を追いかけていったものだろう。これを目印にすれば彼も見つかるはずだ。
足跡を辿って、木々の間を抜ける。やがてまた大きく開けた場所に出た拓海は、少し先の小高い丘の上に直也の姿を見つけ出す。
と、ほぼ同時に。
「あれ、は……」
拓海は目を大きく見開いた。
思わず立ち止まり、呆然とそれを見据える。
丘の上に、直也はひとりではなかった。対峙する相手がいたのだ。追手がいることから足跡の主と戦闘中の可能性は想定していたが、それが全く違うものものだ。
口から覗く鋭い牙。少年を睨みつける殺意に満ちた瞳。トカゲのような巨躯に、大きく広げた翼。
その巨大な獣は、ドラゴンだった。
直也が追いかけららていたはずの、おそらくそれよりも遥に強大な力を持つ伝説上の生物。一般的には架空の生物とされているが、実在していることは術師なら誰もが知っている。
だけど。
「……おかしい」
その光景に、拓海は違和感を覚えた。
目の前にいるドラゴンに、その生命力も、存在力も大して感じ得なかったからだ。それどころか、恐怖さえも感じていない自分がいる。計り知れないほど強大な力を持つとされる竜が、そんなちっぽけであるはずがない。
つまりあれは、偽物だ。
「あの馬鹿……」
その姿に怖気づいたか、直也は動こうとしない。動けないでいる。相手がそれほど恐れるべきものではないことに、彼はまだ気づけていないようだった。
対して、ドラゴンの方は少年を標的として捉え攻撃へと転じる。体内のエネルギーを練り上げ、それを炎へと変改して一挙に前方へ解き放つ。
すなわち、すべてを焼き尽くす炎のブレス。
たとえ偽物でも、生身の体でそれを受ければひとたまりもない。
「何やっているんだ、まったく」
剣を抜き放ち、地面を蹴る。
拓海に迷いはなかった。相手が偽物とわかれば、竜だろうと躊躇する理由もない。稲妻の如き速さで駆け抜け、拓海はドラゴンの前へ躍り出た。
「青葉!」
背後で名を叫ぶ声が響く。
「そいつは……」
何か言いかけたようだったが、拓海は構わず剣を振り降ろした。
雷撃を纏った刃はドラゴンが炎を放つよりも速くその巨体を切り裂き、ドラゴンは応戦する間もなく霧となって消えていく。
「……き、消えた?」
「ああ、幻だからな」
呆気にとられた様子の直也に、剣を鞘に納めながら応えた。
さも当然のように告げられた言葉に対し、納得のいかない直也から反論が返る。
「幻っておい、そんなわけねえだろ。あれは確かに実体だったし、それに力だって効かなかったし」
「力が効かなかった?」
そういえば、と拓海は思い出す。
テントの外で、確かに直也はこう叫んでいた。
――『何で聞かねえんだよ!』と。
さっき何か言いかけていたのも、それを伝えたかったのだろう。
「もしかして、効かないんじゃないかって思わなかったか?」
「思った、けど?」
それがどうした、と言いたげな表情で直也が訊き返した。
そんな様子も気にせず、拓海はひとり納得したように頷く。
「やっぱりな。それが原因だ」
「は? どういうこった?」
理解できずに疑問符を浮かべる少年を、拓海は呆れた表情で見返した。
ため息を吐き、面倒くさそうに説明する。
「どうやら、この森は考えたものとか恐れたものを現実にするらしい。お前は自分の力が通用しないんじゃないかって恐れた。だから、その結果が生まれたんだ」
「じゃあ、さっきのドラゴンが幻っていうのは」
「ああ。あれは俺のせいだ、悪かったな」
ドラゴンが現れた原因は、拓海にあった。
彼が最も恐れるものは、強大な力を持つ竜だった。いつか挑んでみたいという気持ちはあるものの、今の自分では到底敵わないことはよく理解している。
「なんだよ、そういうことかよ。そりゃ厄介な……」
ようやく納得できた様子の直也。
そんな彼に冷ややかな視線を向けつつ、拓海はふと思い出したように口を開いた。
「ところで、お前が追いかけられていたのは何だったんだ?」
「……ティラノサウルスだよ」
「ほう」
渋々といった様子で答えた直也に対し、納得したように息を吐く。
森にあったあの大きな足跡は、やはり恐竜のものだった。
つまり、直也が恐れたものはティラノサウルス。直也は力も効かず倒すことができなかった肉食恐竜から逃げ、この丘までやって来た。そこで空から現れたドラゴンが恐竜を踏み潰す形で降り立ち、対峙するに至ったというわけである。
「なんだよ、文句あるか!」
「いや。ただ意外だなと思っただけだ」
「好きなんだよ。悪かったな」
拓海を睨みつけ、これ以上突っ込まれたくないと話を切り替える。
「そんなことより、テントの中はどうだったんだよ?」
「ああ、この箱が置かれていた」
ボディバッグから小箱を取り出し、直也に見せた。
その箱を、直也は珍しいものでも見るようにまじまじと見据える。
「へえ。中身は?」
「《ルミナス》だ」
その答えに、直也が硬直した。
理解するのにたっぷり一分近くかけて、
「――はあ!?」
直也は素っ頓狂な声をあげた。
***
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