Episode 10

「……お、重い」


 うつ伏せで地面に倒れた芳文は、上からのしかかる重みに苦しげな声をあげた。

 その背には、座るような体勢で遥子が、そして彼女の腕に抱きかかえられるような形で弥里が乗っていたのである。

 場所は、かなり深く掘り下げられた落とし穴の底だった。落ちたのは三人だけで、拓海と直也の姿はない。上にも気配を感じ取ることができないことから、どうやらふたりとは逸れてしまったらしい。


「ああ、ごめんなさい!」

「重くて悪かったわね」


 それぞれ違う反応を見せながら、少女たちが芳文の背から降りる。

 それでようやく起き上がることができた芳文は、制服についた汚れを両手で払いながら上に視線を向けた。穴の底から見える青空がずいぶんと遠くに感じる。


「……結構深いね」

「そうですね、クライブの罠でしょうか?」


 その横で、弥里が小首を傾げた。

 魔狼に追い込まれ、穴に落とされた。ここまでの流れをそう捉えれば、確かにこれは罠と考えるのが妥当だろう。

 しかし芳文には納得いかない点があった。


「んー、というより僕には穴が突然できたように見えたんだけど……」

「だから罠なんじゃないですか」


 いつも天真爛漫な笑顔で応じてくれる少女から、冷ややかな視線が向けられる。

 その反応に怯みつつも、芳文が言葉を継ぐ。


「いや、そういう意味じゃなくて……」


 芳文が言いたかったのは、この穴が事前に仕掛けられていたものではなく、何もないところから突然現れたように見えたということだった。その証拠に、自分たちより前を走っていた拓海たちは落ちずに済んでいる。

 そのことをもう一度きちんと説明しようとして、


「どうでもいいわ」


 横合いから切り捨てられた。

 そんなこと議論するだけ無駄とばかりに遥子が告げる。


「いいから、さっさと上にあがるわよ」

「あ、はい……」


 確かに、ここで考えていても仕方がないことではあった。自分たちの役割は、クライブの居場所を突き止めることにあるのだ。こんなところで足止めを喰らっている場合ではない。早くここから抜け出し、クライブが目的を果たす前に彼を見つけ出さなければならない。

 周囲に橙色の風が舞う。遥子が操る風によって、三人の身体がゆっくりと持ち上げられた。風は徐々に速度を上げ、穴の外へと運び出す。

 そしてまたゆっくりと地面へ、と思いきや――


「痛っ……」


 芳文だけ途中で雑に落とされ、地面に尻餅をついた。


「あらら。大丈夫ですか?」


 弥里が手を差し伸べてくれる。

 それとは対象的に、遥子は冷たく言い放ったものだ。


「上まで運んであげたんだから感謝なさい」

「ああ、うん。助かったよ、ありがとう」


 芳文は素直に感謝の言葉を返した。

 自分だけ雑にされたからと言って、文句などあろうはずもなかった。事実、芳文は自分ひとりで落とし穴から抜け出すことができないのだ。そうするだけの力がない。それがわかっているからこそ、彼女に対して心から感謝の気持ちを口にしたのだった。

 それは遥子にもしっかりと伝わったようで、頬を赤くした彼女はそれを誤魔化すように顔を背けた。

 そんなふたりのやり取りを何となく微笑ましく思いつつ、弥里は周囲を見渡す。


「これから、どうしましょうか」

「決まってるでしょ。先に進むわよ」

「え、でも……」

「仕方ないじゃない、連絡取れないんだから」


 拓海たちと逸れてしまった三人。本来であればここで彼らと連絡を取り合い、まずは合流するところなのだけれど、しかしそうするには問題があった。

 連絡手段が、なかったのである。

 ここは未開の地。この森へ入った時点でスマートフォンの類も使えない。

 術師であれば、ある程度の範囲内において相手の気配を感じ取り居場所を見つけることも可能ではあるが、独特なエネルギーに満ち溢れているこの古森では感じ取ることもできない。できたとしても、目に届く範囲が限界だった。

 ただ幸いだったのは、目的地が決まっていることだったろうか。そこへ向かっていれば、どこかで彼らとも合流することができるだろう。少なくとも、この広大な森からお互いを探し出すよりも遥かに効率はいいはずだ。


「ほら、行くわよ」


 とふたりを促し、遥子が歩き始めたそのときだった。

 ドサッと音を立て、彼女が転倒したのである。


「…………え?」

「…………えぇ!?」




  ***

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