第10話 Marry me(10)

「え、」



高宮は少し驚いたような声をあげた。



「あいつがふたつのこといっぺんにできる性格じゃないことはおまえもわかってるはず。 あいつはまだまだ仕事も半人前だし、高宮の家のことと仕事を天秤にかけるだけでも、そうとうパニくってるし。 どっちを優先していいのかもわからないし。 おまえに相談したくても・・たぶん時間もないだろうし。」



その見舞いのことを夏希から言われた時に



忙しいと言って



彼女に任せてしまったことを思い出した。



「承知で結婚したんだから。 それは加瀬の責任だけど。 もう少しでいいからあいつのことを考えてくれないか、」



斯波は高宮を責めるのではなく、優しくお願いするように言った。







「だれも見舞いになんかきやしないよ。」



東雲老人はそうポツリと言った。



夏希は何だかたまらなくなって



「・・息子さんたちだって。 きっと心配されています。 でも、きっと忙しくて、」



と、慰めの言葉をかけた。



「もう・・息子たちには息子たちの生活がある。 仕方がない、」



諦めたような口調の彼に



「あたし・・また来てもいいですか・・?」



夏希は言った。




「は?」



老人は夏希に振り返る。



「顔も見たくないって・・思われるでしょうが。 けっこう・・うるさいって言われるんですけど。 おしゃべりだし。」



夏希は涙を拭いて笑った。



「・・同情なんか、」



老人は強がった。



「同情、とかじゃなくて。 入院してるとホント、普段は考えないことも考えちゃったり。 落ち込みますから。 よく会社の人達からもあたしの話はくだらないって呆れられるんですけど。」



「・・・」



老人はまた視線をそらして黙り込んでしまった。




「ほんと。 大事にならなくて・・良かったです。 すみません、仕事を抜けてきているので。 また・・来ます。」



夏希は頭を深く下げた。



帰ろうとすると、背を向けた彼が




「わらび餅は・・うまかった。」



と、言った。



「え?」


「・・わしは。 わらび餅が・・大好物じゃ、」



振り向いてもくれなかったが、その言葉に



「・・あ、ありがとうございます。」



夏希は嬉しくてまた深々とお辞儀をした。




会社に戻って



たまりにたまった仕事を黙々とこなした。



斯波はそんな夏希を離れたところから静かに見守った。


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