第9話 Marry me(9)

「・・たいしたことはない。 大げさにするな、」



老人は夏希に言った。




「え・・」



子供のような泣き顔で夏希は顔を上げた。



「きな粉がむせただけだ。」



「でも・・。」



「もう。 いいから。」



小さな声でそう言われた。



「ご・・ご家族の方にも・・おわびを、」



夏希の言葉に



「家族なんか。 おらん、」



老人はプイと横を向くように言った。



「え・・?」



「妻は・・10年前に先立ってしまったし。 息子はふたりいるが、わしが入院しても来ることさえない。 仕事、仕事で。 もう・・どのくらい息子たち家族にも会っていないのか。」



そして寂しそうにそう言った。






はああ・・



疲れた。



高宮は外出から戻って、胃潰瘍になってからずっとやめていたタバコを1本取り出して吸っていた。



医者から無理は止められているが、やはり年末が近づくと嫌でも忙しくなる。



北都が倒れてからは真太郎のサポートをし、二人で何とか力を合わせて仕事を乗り切っていた。




そこに



「ちょっと。 いい?」



斯波が来た。



「あ・・はい。」



半分だけ吸ったタバコを灰皿に押し付けた。



斯波は高宮のデスクのそばにあったイスに腰掛けた。



「・・おまえ。 そのなんだかって親戚のじいさんの話。 聞いてんの?」



いきなりの質問に。




「は?」



わけがわからず彼を見た。





「は・・。 夏希が??」



「今朝。 おまえのオフクロさんから連絡があったらしい。 めっちゃ怒られたみたい。」



高宮は全くそんな話を聞いておらず、少し驚いた。



「まあ、たいしたことはなかったみたいだけど。 加瀬、すぐにでも謝りに行きたいって。 打ち合わせあったんだけど。 おれが代わりに出て行かせてやることにしたけど。」



「そう・・ですか。 すみません、ごめいわくを、」




「もう、おまえたちのことに関しては。 おれなんかが口を挟むことではないってわかってる。  加瀬の話聞いてると。 入籍してから『高宮の嫁』の用事が多くて、あいつも戸惑ってるみたいで。 おまえも仕事が忙しいし、そういうときはあいつがオマエの代わりにいろいろやらなくちゃならないんだろうけど。 でも。 このままでいくと・・あいつ、仕事やってけないんじゃないかって。」



斯波は視線を自分の膝の上に置かれた手に落とした。


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