第5話 Marry me(5)

ネームプレートには




『東雲総司郎』



と、書かれていた。



よし。 ここだ。




夏希はノックをしてそっと入っていく。




その主は少しベッドを起こして本を読んでいた。



「誰だね?」




ジロっと睨まれる。



年のころは80代くらい。



本当にいかにも気難しそうなおじいさんだった。



「あのう。 あたし・・高宮夏希・・です。 えっと、高宮隆之介の・・」



いきなり初対面の人になんと言って説明をしようかと思って口ごもってしまった。



「は? 隆之介? ああ・・隆之介と一緒になったっていう・・」



老人はメガネをちょっとずらして夏希をジーっと見た。




「はい。 えっと・・よろしくお願いします!」



額が膝に着くくらいのお辞儀をした。



「おっ・・お見舞いに。 これ・・・」



買ってきた花を手渡そうとした。



「わしひとりでどうしろと言うんだ。 その辺に花瓶があるから適当に飾っておいてくれ、」



表情を変えずに冷たく言われた。



「・・はい、」



夏希は言われたとおり水を汲んだ花瓶にその花を飾った。



「この辺においていいですか?」



出窓に置こうとしたが



「そんなところに置いたら切花は直射日光ですぐにダメになるだろう! こっちは南向きの窓だから一日中日があたるぞ。」



いきなり怒られた。



「え? 南? え? じゃあ・・西に置けばいいのかな??」



「あほう! 西に置いたら西日が当たる!」



また怒られた。



もうわけがわからなくなり、


「すみません・・どこが北とか東でしょう??」



情けないが聞いてしまった。




「もうそこの棚の上にでも置いておけ!」



面倒くさくなり指を指された。



「はあ・・」




そして、もうひとつ持ってきた小さな折を差し出し



「あと、これは。 会社の近くにある和菓子屋さんで買った『わらび餅』です。」




と言った。



「は? わらび餅???」



また迷惑そうに言われて、



「あ・・お嫌いでしたか?」



やってしまったか、と思ったが



「・・まあいい。 その辺に置いておけ。」



いちおう受け入れてもらえてホッとした。


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