第10話


枕元綿が出掛けたので、僕と咲姫の二人しか、この部屋にいない。


綿ねぇちゃんは咲姫の側にいるように言っていたけど、側にいるって具体的に何をすればいいんだ?


「・・・・・・・」



まぁ、考えても仕方ない。ともかく、隣に座ってみるか。


布団に寝ている再々木咲姫の隣に正座して、よく観察する。


ふむふむ


咲姫の顔の前に手のひらを置くと、寝息が軽く当たる。


ふむふむ


頬に軽く触れると温もりを感じる。


ふむふむ


獣になった咲姫の耳をサッーと触る。モフモフとした黒い耳に触れる。


もふっ


続いて、毛の根元を確かめるように、しっかりと撫でてみる。


もふもふ


なんか思ったより、固いな。


この毛は犬とか猫よりも、どこか野生的な毛質だ。


猪? 猿? 鹿? 熊? リス? 狐? それとも狸?


どれも合ってるような、違うような・・・・・


うーん、分からないなぁ


よし、もう少し撫でてみよう。


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ


もふもふ  


パシッ! 


咲姫の耳を触っていた手が払いのけられた。



何で? ただ耳をほんの少しだけ触っていただけなのに。


いやいや、違う。今のは誰が?


「曲者っ!」


「・・・・・・・・」


「曲者!」と一応叫んでみたが、誰も出てこない。


そんなの当たり前だ。


この部屋には僕と寝たきりの幼馴染、再々木咲姫しかいないのだから。


ようするに、僕の手を払いのけたのは、咲姫だ。


咲姫は掛け布団ごと腕を振り上げていた。

掛け布団はその勢いのまま、壁まで吹っ飛んだ。


「咲姫!? ・・・・・目が覚めたのか!」


「・・・すー・・・すー・・・・・」


慌てて顔を覗くと、咲姫は寝息をたてている。


そういえば、咲姫は昔から寝相が悪かったな。今と同じように布団を吹っ飛ばして寝ていたってか。


やっぱり、なんていうか一緒にいると咲姫は植物状態とかではなくて、ただ寝ているだけのように感じる。


「やっぱり咲姫は、咲姫だよな」


そして咲姫のような行動をする寝たきりの少女に安堵した。


安堵のあまり、振り上がった手を握る。


ニギニギ


あれ? 咲姫の手ってこんなにボコっとしてたっけ?


幼いとき以来、咲姫の手は握ってないけど、なんか違和感を感じる。


うーん、昔はこんな感じだったけ? 昔って言っても小学校低学年の時だけども・・・・


そんなことを感じていると、咲姫の腕が元の位置に戻る。


・・・・・・


まぁ、気のせいか。咲姫が僕の前では怒らない事と同じように、僕の知らない一面が咲姫にはあるのだろう。


僕は吹っ飛んだ掛け布団を取ってきて、咲姫の上に掛けた。


咲姫の顔を再び見る。

ケモ耳になった幼馴染の顔を見る。


元からの透き通った綺麗な肌も相まって、ケモ耳が無かったら、本当に白雪姫みたいだ。眠り姫でもいいけど・・・・・


こうして実際に咲姫の顔を見ると、『何か僕に出来ることはないだろうか?』と強く思った。


今、僕は咲姫を救いたい。


眠ったままの彼女に起きて欲しい。


そして、元気で弾けるように笑う彼女の顔を見たい。


何かないか?


僕に出来る事・・・・


・・・・・・・・・・・・・・



考えたけれど僕にそんな力は無い。


だけど、珠玖ミミだったらどうにかしてくれるかも・・・


アイツの耳は猫で、zooウイルスの事にだって詳しいはずだ。咲姫が寝たきりの謎も珠玖ミミなら解いてくれるかも知らない。


今直ぐにでも珠玖ミミに相談しに・・・・


僕は腰を少し浮かせたが、そのまま立ち上がることは出来なかった。


綿ねぇちゃんは僕を信用して、咲姫に合わせてくれた。ここでペラペラと咲姫の秘密を喋るのは彼女を裏切ったことになる。


別に珠玖ミミのことを信用してないわけではない。アイツは猫の国で僕を助けてくれたし、僕は一度助けられたら、無条件で信用してしまうほど簡単な男だ。


だが、今の咲姫を考えるのなら、慎重にならなくてはならない。


しかも、ここで人任せにしたら、お見舞いにすら行かずに先延ばしにしていた頃と同じだ。


ここは僕がやらなくては・・・・


珠玖ミミに相談するのは最後でいい。その時は綿ねぇちゃんに、珠玖ミミが信用に足りる人物かを説得すればいいし。


そうして僕は尻を床に置いた。


そして、考える。


何かしらあるはずだ。


脳みそを振り絞るんだ。


僕にだって咲姫の助けになれるはずなんだ。


珠玖ミミだって僕に言ったじゃないか。


『君が王子様にならなきゃ!』と


僕に王子様みたいなキラキラオーラは無いのに・・・・・


つまりは、僕がおとぎ話の王子様のように咲姫を目覚させなきゃって意味で珠玖ミミは僕に言ったのだろう。


王子様がそれぞれのお姫様を目覚めさせたように、キスで咲姫が目覚めるとは思えないけど。


キスかー


キスねぇ


「・・・・・・・・・・」


咲姫の唇を10秒見つめる。


例えば、僕が咲姫に唇を合わせたことで、咲姫が目覚める可能性はあるかな?


ないかな?


・・・・・・・


いーや、いやいやいや、ダメだろ、ダメだ、それって寝込みを襲うのと同じだ。普通に犯罪じゃないか!


危ねぇ、気の迷いでやらかすところだった。


今思えば、おとぎ話の王子って、堂々と寝込み襲ってるじゃん。それって、多分、顔がいいから許されているだろ。

僕がやったら一発アウトだ。


なんていうか、顔の良さが得に働く事ってよくあるよな。


例えば、僕が迷子の子供に声を掛けるのだって、不審者だと間違えられたらと怖くて、話しかけるのに若干躊躇してしまうし、女性が急に呼吸困難で倒れた時にAEDを取り付けたり、まして、人工呼吸なんかできる気がしない。


イケメンだったら躊躇いも無く人助けが出来るのだろう。


そんなんだからイケメンはいい人と思われる。


けど、本当にいい人は余裕がなくても、人助けを出来る人のことを指す。


どこかの偉人だってこう言っていたし。


『不審者を見るような視線にも負けず


110番や後の裁判沙汰の危険にも負けず


丈夫なメンタルをもち


ー中略ー


右に迷子の子供があれば

最初、躊躇いはするけれど、最終的には善意が勝って、話し掛け


左に呼吸困難の女性がありば

AEDも人工呼吸だってする。


そういうものに僕はなりたい・・・・』



ちょっと待てよ・・・・・・


咲姫にキスすることは人工呼吸と同じでは?



・・・・・・・




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