第9話 

幼馴染 再々木咲姫の耳は獣の耳だった。


「これが一番の謎・・・・」


「見て分かると思うが、咲姫が起きなくなってから突然耳が獣の耳に変化していた」


これが理由で珠玖ミミのお見舞いを断ったのか。

耳が動物になるなんて、普通に考えるとあり得ない。あり得ないのに実在するものは異常なほど魅力的に見えてしまう。

耳が獣になった人物なんて明らかになれば、世を騒がすのは明らかだ。騒がしいぐらいなら、まだいい。どこかの実験施設や異常な蒐集家に連れ去られて、酷い扱いを受ける可能性すらあり得る。そんな最悪な展開に進まないように、信用に足りる人物のみしか面会を許さなかったわけだ。


「今の咲姫を見て、何か心当たりがないか? 主理」


枕元綿は僕に尋ねた。


心あたり・・・心あたりが有るか、無いかと問われたら、あると答えるのが正解だろう。


何故なら耳が獣になった人物を僕は知っている。探偵を自称する高校生、珠玖ミミの耳が猫なのを僕は知っている。


加えて、それがウイルスによるものとも、ついさっき知った。確か、そのウイルスの名前は・・・・zooウイルスだっけ?


そうそう、そうだった、名前はzooウイルス。


zooウイルスは限られた人物に感染し、その感染者の肉体を別の動物に変える。

変えると言っても、全身ではなく、体の一部を別の動物種に変える。珠玖ミミが耳だけが猫に変化したように。


咲姫も同じようにzooウイルスに感染して、耳が人ではない別の動物に変化したと考えるのが自然だ。


けれど、何の動物だろう? 

猫ではないとは思うけど・・・・


それに寝たきりなのは、ウイルス感染による異常か。

それとも、変化した動物の生態からくるものか。


心当たりがあると言っても、分からないことが多すぎる。


「まぁ、心あたりになんて有るわけがないだろがな」


色々考えている内に心あたりが無いものとされた。


「あっ うーん、えーと・・・・」

何を何からどんな感じに答えたらいいのか分からず、言葉を上手くまとめられない。


「何だ? 何か知っているのか?」

枕元綿の顔が近づく。

クマが濃い寝不足な顔だけど、妙に頼り甲斐のある信頼出来る顔がよく見える。


「咲姫がこうなってしまったのは、僕のせいかも」


珠玖ミミのこと、ウイルスのこと

咲姫の問題に関連性の高いことよりも先に僕は自分に原因があると口にした。


咲姫が起きなくなったのは僕が約束を破ってしまって、滅多に怒ることのない咲姫を怒らせた後に起こった事だ。何かしら繋がりが有る気がする。

いくら、約束の日に猫の国のいざこざに巻き込まれたとは言え、僕に原因があると強く思う。


「主理、お前が原因?」


・・・・・


「アハハハハハハハハハハハハハ」


数秒の沈黙の後に枕元綿は盛大に笑い始めた。


「そりゃ、アレだろ。耳が獣になって寝たきりになる前に咲姫と喧嘩したことだろ」


「え! 知ってるの?」


それを聞いて再び笑い声が始まる。


「アハハハハハハ、咲姫は寝たきりになる前、具体的には夏休みが始まってばかりに、お前の悪口を割と大きな声で愚痴っていたよ」


そんな笑うほど、面白くないだろ。何でこんなにも笑ってるだ? この人。


「アハハハハハハ、主理ってさぁ、咲姫の事を怒った事がないって思っているだろ。結構アイツは短気で怒りっぽいぞ」


・・・・・・・えっ


「でも、僕が咲姫に怒られたことなんて無かったんだけど」


「主理の前ではの話だろ。アイツは結構な頻度で、特に主理に対して怒っているよ、例えばなぁ」


そして枕元綿は咲姫が僕にキレた事例を話し始めた。


その内容はどれも些細な内容で、僕にしたらこんな事で起こるのかよ。と思うように事だった。


私の渾身のギャグを笑ってくれない!!


とか。


最近態度が冷たい!!


とか。


下ばっか見ているから、歩くのが遅い!! 


とか。





「でも、僕が怒らせた後に咲姫におかしな事が起こったのは、何か因果関係が有る気がするのだけど」


「アハハハハハハハハハハハハハ、いやいや、悪い、悪い。怒るなって。だってさぁ、まるで、お前は咲姫が怒ることを、耳が獣になった事や寝たきりになる事と同じくらい、いや、それ以上に深刻そうに言うからさぁ」


「流石にそうは思ってないよ」



「思ってるぞ。だって、そう思ってない限り、怒りが人を寝たきりにするなんて思わんし、まして、耳が動物になっている咲姫を見て自分が怒らせたせいだ、なんて思うはずがない」


まぁ、確かに人が怒ったからってケモ耳になったり、寝たきりにもならないのは頭ではわかっているけれど・・・・・


分かってはいるけど・・・



「まぁ、ともかくだ。お前が気に病む必要は皆無だ」


枕元綿は僕の両肩を強く叩いて、近づけた顔を離す。


すると、着信音と共に彼女のポケットが小刻みに震える。

枕元綿のスマホに電話がかかってきたようだ。



「何だ? ふむふむ・・・・・・・ふむ、あぁ、分かった・・・・・・しょうがない、お前のせいじゃない・・・・・・今から向かう」


緊急の電話なのだろうか?

枕元綿は簡潔に話し、直ぐに電話を切る。


「すまんが、主理。私は直ぐに家を出る。お前はしばらく咲姫の側にいてくれ」


そう言い残して枕元綿は部屋を出た。


つまりは、この部屋には僕と再々木咲姫の二人だけになった。


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