第6話
楽しさと楽さ、どっちを選ぶと聞かれた場合は何が正解だろう。分からない、そもそも正解のないようにすら思えてくる。
そんな僕を見て珠玖ミミは質問を言い換えた。
「言い方を変えようかな。サキサキと一生会えなくていいの? それとも嫌?」
その聞き方は分りやすいけど、ずるい気がする。
なんせ答えは分かりきっていることなのだから。
咲姫とは物心がない時からずっと一緒にいるし、共にいる時間が長過ぎて、寧ろ隣にいることが当たり前のようにすら認識していた。
こんな時に「失って初めてその大事さに気がつく」とよく言うけれど、それは気づいたときには、もう既に手遅れな場合に言うもんで、まだ咲姫を完全に失いきったわけではない僕が言ってはいけない──まだ手遅れではないのに、顔を合わせずに逃げてばかりいる僕には使う資格はない。
「君がサキサキの笑顔をみたいなら、逃げてはダメだよ。背筋伸ばして追いかけなきゃ」
「そして君がサキサキの王子様にならなきゃ!」
珠玖ミミは笑って言い加えた。
確かに珠玖ミミの言う通り、僕は咲姫と一緒にいると楽しいし、その楽しさを逃したくない。
逃したくないなら、何をすべきか・・・
そんなの決まっている。
「流石に王子様のようにキスで姫を目覚めさせることは出来ないけど・・・・」
僕は前を向き直す。
「幼馴染の寝顔を追いかけることは出来る」
●◯●◯●◯●◯●◯●◯●
竹林を抜けると大きな屋敷が見える。ここが咲姫が住んでいる家であり、眠ったままの咲姫がいる場所でもある。
玄関の前に見覚えのある人物が仁王立ちしながら、眠っている。
「スピー スピー スピー」
その人物はアイマスクで分かりやすく寝息をたてていた。
「げっ!! 枕元先生・・・・」
その人は何を隠そう僕らのクラスの担任──枕元 綿だった。
「んー 私は寝ていない、寝ようと努力しているだけだ。なんせ私は不眠症だからな。主理!それはそうと、学校外なのだから私のことは綿ねぇちゃんと呼べ。馬鹿垂れが!!」
アイマスクでそんな戯言を言う大人に威厳も何も感じないのだが、枕元先生は咲姫同様に昔馴染みなので、僕に対する憤りは感じる。
「あと、ともかく遅いぞ、恐ろしいほど遅すぎだ。主理」
どうやらこの人は今日、僕が咲姫に会いに来ることを知っていたようだ。
「えーと、それはですね。先生・・・・」
「先生と呼ぶな、綿ねぇちゃんと呼べと言っただろ。主理は思春期だから幼馴染のお姉ちゃんに対して素直にお姉ちゃんと呼べないのは分からなくともないが、遅れてきたお前は誠意をもって私を綿ねぇちゃんと呼ぶ必要がある」
・・・・綿ねぇちゃんって?
と言いたげに珠玖ミミは不思議そうな顔をして、こちらをずっと伺っていた。
そうですよね、全く理解できないですよね。
説明するなら担任、枕元綿は再々木咲姫の実姉である。つまり咲姫の幼馴染である僕は枕元綿とも幼馴染であり、昔は彼女のことを綿ねぇちゃんと呼んでいた。だが、高校生になって、ねぇちゃん呼びはなかなか厳しい。その理由は年を重ねて、ねぇちゃんと呼ぶことに恥ずかしいと思っているのにだけではない。
それは咲姫の実姉であり、咲姫の担任でもあるせいだ。咲姫の家系は家を見てわかると思うが、一般的な家庭ではない。詳しくは言えないけど、その中で言葉を選んで言うと・・・・・
まぁ、とにかくヤバい家系なのだ。
そんな家系の娘である咲姫の護衛兼、お目付役として綿ねぇちゃんは教師をしている。
普通は血縁者が通っている学校に教師として働くのは滅多にない。だけど、この家は権力に物言わせて、綿ねぇちゃんを咲姫の担任へとさせたと言うわけだ。
だが、権力者とは言え、それを表向きにするのは不利益を被る。そんな訳で咲姫と綿ねぇちゃんが姉妹であることは僕ら三人の秘密となっている。
そして、その秘密を堂々と珠玖ミミにバラしたのが、今の現状である。
「あーもうっ!! いい加減、アイマスクを取ってはくれないか。 綿ねぇちゃん」
ようやく、枕元先生はアイマスクを取って、珠玖ミミの存在に気が付いた。
「あー何で転校したばかりの珠玖がいるんだぁ?」
枕元先生はアイマスクを額に置いて、僕の隣にいる珠玖を睨む。まるで怒っているような顔だから困る。
ここで、珠玖ミミに怒りを示すことは八つ当たりみたいなもんだろう。
だけど、僕はこの人と咲姫並みに昔から知っていて、この目つきの悪さは怒っているのではなく、単に眩しくて目を細めていることは分かる。
「咲姫のお見舞いについてくれたんです」
だから僕はビビらず、珠玖ミミの一歩前に出て答える。
「主理、お前が転校生と直ぐに仲良くなるとはなぁ。妹じゃああるまいし、つまりは元から知り合いだったって事か・・・あーなるほど、了解した。だが珠玖、お前はすぐに帰れ」
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