第7話


「だが、珠玖、お前は帰れ」


「何で、僕は良くて珠玖ミミはダメなんだよ」


「咲姫のことはdomesticでdelicateな問題だからだ。良く知っている主理ならともかく、他の者には咲姫と合わせるべきじゃないと私が判断した」


英語の先生らしく、完璧な発音でそう返す。


「わざわざ、主理を連れて来てくれたのに悪いな。珠玖」


そして、珠玖ミミの頭に手を乗せて謝る。正確には珠玖ミミが被っている鹿撃ち帽子に手を乗せて・・・

だが、珠玖ミミは直ぐに、その手から避けるように離れた。



「分かりました。それでは、先に失礼します。サキサキと先生が姉妹な事は内密にしときますので、ご安心下さい。綿ねぇちゃん」


とからかうように少し笑って。


「ああ、分かった。だが、私の事を綿ねぇちゃんと呼ぶのは主理の特権だから」


そちらは真面目な顔が崩れない。

せめて、少しぐらい口角を上げてくれ。本気で言っていると勘違いされるだろ。


そんな特別な権利、持っていないし、もし持ってても直ぐに捨てたいのに。


対して珠玖ミミは、どう解釈したかは分からないが、僅かにニコッとしてから、元来た道を戻る。


「ん、行くぞ。主理」

それを見た綿ねぇちゃん先生は僕の背中を手心なく叩いて、家の中に入るように促す。


だが・・・・・


珠玖ミミに背中を押されて、ようやく、ここまで来たのに、直前で彼女を帰して僕だけが咲姫の元に行くのは恩知らずな行動ではなかろうか。

でも、家族である枕元綿がダメだと言った以上、無理を通すにはいかない。珠玖ミミもそう思って素直に帰ろうとしたのだろう。それに、ここで異議を申し立てることは、僕一人でだと咲姫のお見舞いにも行けない事の証明にもなる。それは、つまり、楽して逃げたって事だ。それこそ、恩知らずな気がする。


だからって珠玖ミミに何もお礼しないのはもっと違う気がする。



「ちょっと待てて」


「30秒」


秒数だけが返される。

これは許可したと判断しよう。そして、僕は珠玖ミミの元に駆ける。


「おーい」


そして、呼び止めると、彼女はゆっくり振り返ろうとするが、完全にこちらに振り向く前に僕から話し始めてしまった。


「ありがとう、助かったよ。お前がいなけりゃ、僕は今日も咲姫の元に行けなかった」


「どういたしまして」


珠玖ミミは体全体を少し反るような感じで振り向いて、これだけ言った。


振り向く構図の彼女に少し見惚れた。

そして思い出した。アイツもそうだったと、毎年、約束して二人で行く花火大会、見慣れたはずの振り向き姿なのに、浴衣を身につけた事が相まって、見惚れてしまった時間をふと思い出した。


今年は行けなかった事も同時に思い出した。

約束の花火大会の日に僕は猫の国に迷い込んだせいで、その約束を守れなかった。


そして、数日後に咲姫が寝たまま起きなくなった。


「じゃあ、またね」


「まだ! いや、えーと・・・猫の国で助けてくれたことに対してもお返し出来なかったから、それも踏まえて何かお礼をさせてくれないか? 僕に出来る事なら何でもするから」


「何でも・・・うん、わかった。今度会う時までに何か考えとく」


珠玖ミミは髪の毛をクルクル指に巻き付けながら、そう返す。




そして、僕は珠玖ミミと分かれて咲姫の元に向かった。

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