中編

一つ目の光は、町の公園。

二つ目の光は、通学路の途中。

順調に見つけては大きくなり、

手のひらに乗り切らないサイズまで大きくなっていました。

ぼくが持つよと引き取ったはいいものの、

大きくなるにつれだんだん重たくなって。

五十センチのものさしよりも大きくなったころには、

少年はとうとう持ちきれなくなってしまいました。

それでも僕が運ばなきゃと、必死に背負って歩こうとします。


悪戦苦闘する少年を見て、少女はくすくす笑っています。

やがて少年の肩をトントンと叩くと、軽やかにくるくる踊り、

その動きのままに少年が背負う翡翠の星をひったくりました。

そして両腕に抱えたまま星を立てて、ゆるやかにその手を放すのです。


すると、どうでしょう。

不思議なことに、星は翡翠のくすんだ光を放ちはじめ、

やがてその場に浮かび上がったではありませんか。

重力なんてなんのその。

地面から十数センチ浮いたそれは、

まるで飼い主を追いかける犬のように、

少女の後ろをぴったりと追いかけはじめました。


なんだ。キミ、自分で歩けるじゃないか。

僕が運ばなくても、ついてこれるんじゃないか。


少年は残念そうに肩をすくめる一方、

少女はいたずらっぽく微笑んでいます。

頼れるところを一つ取られてちょっと悔しい少年は、

拗ねたように一歩一歩を力強く踏みしめ、

それでもまた、次はどこだと歩き始めました。


がつがつ歩く少年を肩を、コンコンと少女がノックします。

叩かれた肩のほうに少年が振り向くと、

そこには翠玉の瞳が眼前にまで迫っていて。

透き通るようにきれいな目袋が、

髪と同じ月白の、夜空に映えて輝くまつげが、

おもむろに近づいてきて、翠玉が瞼の裏に隠されて…


緊張のあまり目をぎゅっとつむっていると、

やがて温かくて柔らかい感触が、

少年の額に触れました。

そしてやわらかに髪が撫でられて、

温かさが離れていきました。


ぼくは、何をされたの?

もしかして、キス…?


閉じた目をおもむろに開き、現実に戻ってきた少年は、それでもまだ夢見心地で。

頬いっぱいに熱を集めたまま、ただぼうっとたちすくんでしまいました。


すでに翻って駆け出していた少女は、ぼうっとした様子の少年を見やると、

駆け出した足を途中で止めました。

けほと一つむせたあと、

おもむろに歩み寄っては両手を取って。

声をかけて。小首を傾げて。

そのまま少年の手を引いて駆け出しました。


ひかれるままに、少年は走りだします。

その先に、探しているものがあるかなんて分からなかったけれど。


なくても、いいや。

この子と一緒に、もっと冒険していたい。


少年の顔から、笑みが溢れ出しました。


星のかけらを拾い集めるたび、

少女の後をつけてくる星は、やはりだんだん大きくなっていきます。

街中いっぱいを回りきったと思える頃には、

とうとう、星は二人の背丈をゆうに越すほど大きくなりました。


少女はじゃれるように星に飛びついてみますが、

相変わらず星はふよふよと浮かんでばかりで、ぴくりとも動きません。

少女が星の上までよじ登っても沈まないとみると、地上から見上げる少年に手を差し伸べました。


少年がその手を握り、よじ登ろうとした瞬間。

浮いていた星がぐぐっと沈み込んだので、少年は慌てて体重を地上に戻します。


ううん、二人で乗るのはきっと、ダメなんだろうな。

浮く力が足りないのかな。もっと強くなるのかな。

それとも、ぼくはこの流れ星に嫌われているのかな。

そんなこと、あったら寂しいな。


少年が今はもう、何事もなかったかのようにふわふわ漂う星について逡巡しゅんじゅんしていました。

そしてもう一度星の方を見やったときには、

星から降りた少年を追いかけるように、少女が飛びついてきたのが目に写りました。

翡翠の光に包まれた少女の体躯は、テレビで見た宇宙飛行士みたいにふわふわと、ゆるやかに墜ちてきます。

すらりと伸びた両脚が、か細くきれいな指先が、絹のように輝く月白の髪が、光の中でゆるやかに揺らめきます。


少年はそのあまりの美しさに見とれ、少女が眼前にまで近づいていることに、

おでこどうしをぶつけあうまで気付くことはありませんでした。

こつんという音ののちに、二人は翡翠の光とふわふわした不思議な重力に包まれながら、もつれるように倒れていきます。

ゆっくりと後ろに倒れる最中、それでも少年は無我夢中で少女を地面から庇おうとしたようで。

倒れ込む頃には、少女の背中とふとももに両腕が回っていました。

少女の全身をぴたりと覆う、のっぺりとした服越しに、女の子の肌を感じます。

柔らかくて、暖かくて、きれいで甘くて透き通っていて。

全身で感じられる女の子に、ゆでだこになること必至でした。


不思議と、二人の視線が重なります。

ほんとはすっごく照れくさくて、いますぐにでも逃げ出したいのに、

少年の視線を、翠玉の双眸が捉えて離しません。


心臓の鼓動がだんだんと大きくなっていく。

気まずさのあまりに逸した視線の先には、満月の輝きをはらんだ頬があって。

ほんのりと紅の乗った唇があって。

すべすべした髪が、喉の隣を通って胸元に乗って、

小さな膨らみに張り付いていて。

ドキドキが、止められない。


少年はもう堪らなくなって、目をぎゅっとつむろうとしたその時。

胸元に抱えたお姫様がにわかに、けほけほとむせ返るほどに笑いだしたのです。

少年もなんだか可笑しくなって、つられたように笑いだしました。

二人がひとしきり笑い終えると、少年は少女を抱えたまま立ち上がりました。

その脚を優しく地上におろしてやると、次の星を目指して歩きはじめます。

少女がその背中について行こうとして、また一つけほとむせました。

覆った掌を見やると、朱に染まってべとべとしています。

それらを適当に拭い去ると、少女は後ろ手を組んで歩きはじめました。


最初は掌に乗るほどの小さな石だったものが、

街中を駆け回って欠片たちを集めた結果、

少女の後ろをついてきて、家の天井に届くだろう程まで成長していました。


高いとこからなら探しやすいだろうと考えた少年は、

少女と一緒に港の灯台に向かいました。


灯台の中をらせんを描くように這って上に伸びる階段を、

少年は一段、二段先に登ってから振り返り、少女に手を差し伸べます。

しかし少女はその脇をするりと抜けて、三段、四段と更に上へと登ります。

そしてくるりと翻り、にいっと口角を上げると、

にわかに階段を駆け上がりはじめました。


あっ、ずるい!

待って。負けないから!


競争を仕掛けられたんだと少年は気付くと、

少女に追いつこうと必死になって走ります。

やがて二人は、また仲良くもつれるように頂上にたどり着きました。

息を切らせて見上げた空は、かすかに青をにじませています。

そして横をちらりと見やると、灯台に据えられた柵の向こうに、翡翠の星が待っているのが見えました。


少女はひょいとそこに跳び乗ると、少年の方をじいっと見つめてきました。

少女は手を差し出し、それを少年ははしっと掴み、

心の中でと叫んで柵から飛び出して、少女の乗る星に降り立ちました。

少年の体重が乗った瞬間、星はぐんと沈み込み、

そして海に向かって真っ逆さまに落ちていきました。


その速度は徐々に増し、海面がみるみるうちに近づいてきます。

怖くなった少年は、目を閉じました。


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