第3話 ナイスショット
「ごめん、コータ。コータがそんなつもりじゃないってことくらい、わかってんのに……」
鼻をぐすぐすさせながら、ひたすら「ごめん」をくりかえす先輩に、ぼくはとりあえずティッシュの箱を差し出した。
「ありがと」
先輩は遠慮なく鼻をかみ、丸めたティッシュを部屋の対角にあったゴミ箱に放った。ティッシュはきれいな弧を描いてゴミ箱に入り、思わず「ナイスショット」とつぶやいたぼくに、先輩はへらりとした笑みを向けてくれた。
「ほんとごめんねえ。今日ちょっとしんどいことがあってさ……」
そんな前置きで始まった先輩の話を要約すると、ナナ先輩のバイト先であるカラオケ屋に清水先輩が現れたということだった。それも女の子と二人で。
「それが栗本ちゃんで……ねえ、コータ覚えてる? 栗本ちゃん、クリパんときにローストチキン持ってきてくれたじゃん。手作りの」
「そんなのありましたっけ」
栗本さんはぼくと同学年のサークル仲間だ。日本人形みたいに髪が長くて色が白い女の子で、一部の男どもの間ではひそかに「姫」と呼ばれている。
「あったよ。すぐになくなっちゃったから、コータ食べてないんだね。栗本ちゃん、料理上手だもん。そんで栗本ちゃん、今日はケーキ焼いてきてさあ。清水、めちゃくちゃ嬉しそうで……」
「そういうの、店に持ち込んでいいんですか?」
「うん、ほんとはだめなの。だから今日だけねって言って、店長に内緒でお皿とフォーク出してあげた」
「先輩って……」
馬鹿ですね、とはさすがに言えなかったので、ぼくは天井を仰いで代わりの感想をひねりだした。
「武士ですね」
なにそれ、と先輩はまた笑い、目を伏せてぽつりとつぶやいた。
「……ああいうのがいいんだろうね」
誰が、とか、何が、なんて訊かなくてもわかっていたので、ぼくは黙ってコーヒーをすすった。
「あたしは料理も下手だし」
「先輩が夏のバーベキューで焼いてくれた肉はおいしかったですよ」
「クリパにカップ麺持ち込むし」
「あったかい汁物はありがたかったです」
「後輩にたかるし」
「それは、そうですね」
コタツの下でかるく足を蹴られた。
「先輩」
ぼくは足を引っ込めるかわりに手をのばし、赤いきつねの蓋をはがした。白い湯気と出汁の香りが、ぼくらの間にふわりと広がった。
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