第4話
「なあなあ! やっぱり本物は姿絵よりずっと可愛かったなあ。ああ、でも夢の中みたいに笑ってくれたらもっと可愛いのになあ!」
「夢みたいにいきなり打ち解けられる訳がないでしょう。もっと怖がっておいでではないかと心配しましたが、気丈な姫であられるようですね」
会見を終えて自室に戻ってきた後も浮かれている王に側近は釘を刺す。でも、無意識に尻尾を振り続けている王は気にもしない。
「俺がきっと笑わせてみせよう。小動物が好きだと言ってたな、俺と一緒だ。そうだ、後宮に連れて行ったら……」
「陛下、落ち着いて下さい。時間はこれからいくらでもあるんです。大体、緊張したり浮かれすぎたりしないように頑張るって仰ったのに、なんですか、最初っから『アレ』が出てたじゃないですか。小動物が好きな方にはどう見えるのか知りませんが、正直言って、陛下のお顔と釣り合いが取れてなくて不気味だと私は思います。姫も、何だか強張ったお顔で耳を見つめておられましたよ」
『アレ』とは、ヴォルフガングの魔力のお漏らしの結果、かれ自身に生えた犬耳と尻尾の事である。
「えっ?!」
フェリクスの言葉に王は慌てて己の頭と尻に手をやる。
「マジか! 出てたのか! 何で教えてくれなかったんだよ?!」
「教えたらなんか変わったんですか?」
「……いや」
変わらない。ヴォルフガングは自身の魔力を制御できない。知ったって、自分の意志で引っ込める事は出来ないのだ。
「で、ででも、可愛いだろ? 姫は小動物が好きだと……」
「話を合わせただけかも知れませんし、どちらにせよ、それがついてたって、陛下には小動物の愛らしさはありません。似合わない飾りを付けたむさい男ですよ、初対面の人間から見れば」
「うぐぅ……」
ヴォルフガングの顔は整ってはいるが、身体も大きく、真面目な表情をしている限り、強面だ。ふかふかの愛らしいけも耳が似合う訳がない。フェリクスの言う事は一々言い返す事も出来ないくらい当たっている。
だが……。
「それくらいにしてあげなよ、フェリクス」
助け船を出したのは、王弟ディートリヒ。銀髪の弟は、まだ消えない猫髭を嫌そうにいじっている。彼は兄よりずっと冷静ではあるが、プライドも高い。幸い何もツッコまれなかったものの、こんなものを生やして義姉となる姫の一行と初対面となるのは、かなり不快な事だった筈、とフェリクスは思う。
案の定、ディートリヒは、別な面から兄を苛め始める。
「済んだ事を言ったって仕方ないだろう。それより、これからだよ。勿論、兄上は元々女性に免疫がないからちょっと舞い上がってるだけで、すぐに冷静になられるさ。これは政略結婚で、夢の中みたいに一目惚れなんてないって、本当は解っておられるに決まってる」
「せ……政略結婚? そりゃあ形式的にはそうかも知れんが、ブルーメちゃんは俺を好きだと……そ、そのう、まだ恋愛結婚と呼ぶには早すぎるのかも知れないが」
「だから、その『好き』は、夢の中の姫が仰った事でしょう? 確かに、夢の姫が実在していたのだから、兄上と姫には何らかの運命の結びつきがあるのかも知れない、とは僕も思いました。でも、さっきの様子では、その夢を姫が共有なさっていたようには思えませんでしたね。つまり、少なくとも姫にとっては、間違いなく政略結婚ですよ。それくらい解っておられ……」
「じゃ、じゃあ、俺が求婚したのは、ブルーメちゃんにとっては迷惑な事だったのか?!」
さすがに、ここで、そうだと思う、と告げる程ディートリヒも意地悪ではない。代わりに、溜息をひとつ付いて、
「そうは言いませんよ。王家の姫として生まれたからには、政略で他国に嫁ぐ事くらい姫も想像されていた筈。そして我が国の実態がどうであれ、アロイス王国が我が国の縁戚になった事は、かの国にとって益となる筈です。いいですか、こんな事今更言わなくてもと思っていましたけど、今の兄上は頭の螺子がおかしくなっておられるようなので申し上げますが、王の結婚は政治ですよ? 恋愛がどうのこうの言ってる場合ですか! 愛とか幸福とかは、相性が良ければ後から生まれるものです!」
「……」
乙女思考に舞い上がっていた魔王は正論過ぎる弟に何も言い返せず、しゅんと項垂れる。本当はかれだって解ってない訳ではなかった。
(……でも、好きなんだ。そして俺を好きになって欲しいんだ。本当に、あれはただの夢じゃないって判るんだ。何か、俺にとってすごく大事なことで)
そう考えた途端。ずきんと頭が痛んだ。
「痛ってえな」
テンションが下がったので、犬耳もいつの間にか消えていた。ヴォルフガングは自分の頭に触れる。
「どうなさいました?」
「いや……例の頭痛だ。もう治った」
「ああ、タンスの……」
頷いたフェリクスに、ヴォルフガングは必死の形相で叫んだ。
「言うなあっ!! ブルーメちゃんに聞こえたらどうするんだ!」
「部屋が離れているのに聞こえる訳ないでしょう」
「でも! そうだ、魔力が制御出来ないのはともかく、その理由を知られては恥ずかしすぎる! 男らしくない! いいか、おまえら、絶対喋るな。他の奴らにも通達しとけ!」
「は、はあ。でも子どもの頃の事ですし、仕方がない事故と思われるだけでは?」
ディートリヒも、
「そうですよ、かえって親しみが持たれるかも知れませんよ? 少しくらい隙がある方が姫の心も緩むかも知れませんよ。女性の心はそんなもの……完璧より、少しくらい可愛い方が好かれます」
と言い添えたが、ヴォルフガングは頑なに首を振り、
「駄目だ! ガキの頃にタンスの角に頭をぶつけて魔力の制御法を忘れたなんて、恰好悪すぎるだろ! おまけにそこがハゲてるとか知られたくないっ!!」
「結婚なさったら、それ気が付くんじゃないですかねえ」
「えっ! て、手をつなぐ位、その、近くに寄ったら、見えてしまうかもって事か?」
思春期か! と、側近と王弟は同時に心の中で同じツッコミを入れた。
「陛下……結婚なさったら、当然同じ寝台で休んで子作りなさる事くらい解りますよね?」
「子作りとか作業みたいに言うな! ……って、えっ、こ、子作り?! ブルーメちゃんと?!」
ぼふっと、魔王の頭にいつもよりずっともふもふの犬耳が飛び出した。強面が真っ赤に染まっている。乙女かよ! と更にツッコミたいのを我慢し、フェリクスは、
「今更何を仰ってるんですか! まさか何にも考えてなかったんですか?」
「い、いやいや、俺だって男だからな、勿論ちゃんと考えていたぞ! ただ、その、急にそんな事を言うからびっくりしただけだ!」
「当たり前の事を申し上げて、なんでびっくりされないといけないんですか……」
盛大に溜息をつく忠実な側近にディートリヒは、
「まあまあ、兄上は僕やおまえみたいに女性に慣れておられないから……」
「ディートさまと一緒にしないで下さい。私には『見境』というものがありますから」
「おまえは、僕が見境なく女性と交際していると思っているのか?」
「ディートさまともなれば、選り取り見取り、勿論お好みのレベルが高い事は存じていますが、この2~3年、夜分にお傍から女性が消えた所を私は見た事がありません、と言いたかっただけです」
「それは仕方ない。だっておまえみたいに必死に口説かなくたって、美しい女性が僕を離さないのだから」
「……くぅっ」
幼い頃からフェリクスは王子たちの話し相手としてずっと傍に仕えていた。だからこの程度の応酬はいつもの事として流せるほど、深い信頼関係がある。
しかし。
「おまえら、俺を除け者にして、何レベルの高い会話してんだよ!」
むっとした魔王がジト目で二人を睨んでいた。
魔王ヴォルフガングは、魔力の制御が出来ずに、身近な者を小動物に変えてしまう。
だから、かれの心を得ようと近づいてくる女性たちは皆、恋を囁こうとすると、兎や猫に変わってしまう。いくら小動物が好きでも、さすがに兎や猫と恋愛は出来ない。故に、22歳の王は、未だ女性と恋を楽しんだ経験がないのだった……。
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