終審裁判


 魔術教会総本部・最上層『天凰てんおう』。

 ここには現在、五人の魔術師がつどっている。

 彼らはみな殲滅部隊の隊長であり、『A級』という魔術師の頂点に君臨する存在だ。


「――っつーわけだ! 確かにエレンの左眼には、史上最悪の魔眼が宿っている。だけどな、あいつは友達だちのために命を張れる、死ぬほど根性の入った『漢』だ! よって極刑はなし! 糞つまんねぇ裁判はこれにて終了! 解散だ!」


「「「「……」」」」


 なんとも言えない沈黙が降りる中――此度こたびの終審裁判を取り仕切る長身の老紳士が、コホンと咳払いをする。


「バン様、大変素晴らしい演説でございました。その熱き想いは、きっと皆様の心にも響いたことかと思われます」


「あったりめぇよ!」


「ただ……終審裁判の実施は上層部より下された命令、せめて評決だけでも取らせていただけないでしょうか?」


「ったく、しゃーねぇな。そんならほれ、さっさと済ませろ。もう結果は決まってんだからな」


「ありがとうございます」


 老紳士はそう言って、深々と頭を下げた。


「それではこれより、終審裁判を執り行います。聡明な皆々様におかれましては、昨日のうちに本件の参考資料に目を通されたことでしょう。バン様の強い御要望もありますゆえ、早速決議に入りたいと思います。魔術師エレンの極刑に賛成か反対か、それぞれの最終判断をお聞かせください」


 終審裁判の招集権を持つのは魔術教会であり、その成立要件はA級以上の魔術師5名が参加すること、そして出席者過半数の賛否をってけつるのだ。


 この裁判に掛けられる者は、平和に対する罪・魔術に対する罪・禁忌きんきに対する罪、このいずれかを犯した疑いのある魔術師に限られる。


 エレンの罪状は、『史上最悪の魔眼の秘密保持』。

 これは平和・魔術・禁忌、全てに反する大罪であり、法定刑ほうていけいはただ一つ――極刑のみ。

 つまり現状、極刑か無罪かの二択となっていた。


「ではまず、ルーク・ラインハルト様。貴方は魔術師エレンの極刑に賛成ですか? 反対ですか?」


「無論、賛成だ。王国憲法にのっとり、エレンは極刑に処するほかない」


「そうだよな! やっぱり反対……あ゛?」


 バンとルーク――両者の視線が激しくぶつかり合う。


「おいこら糞メガネ……。てめぇ、さっき俺の話を聞いてなかったのか?」


「貴様の聞くにえぬ演説など知ったことか。魔王に関連する一切の事物は、可及的かきゅうてきすみやかに『抹消』しなければならない。これは明文化された規則であり、全世界の魔術師がエレンの死を望んでいる」


「主語がでけぇぞ、ごら! 少なくてもここに一人、鬼ほど根性の詰まった魔術師おとこが、反対の声をあげてんだろうが……!」


 天凰の間に鋭い殺気が満ちる中、


「隊長同士のマジ切れ禁止。やるならせめて、私に迷惑の掛からない場所でやって」


「け、喧嘩はよくないですよぉ……っ」


「……(バンくんもルークくんも、ちょっと落ち着いてごらん)」


 手空きの隊長たちが苦言をていし、


「ちぃっ」


「ふん」


 二人は渋々しぶしぶ矛を下ろした。


 その後、終審裁判を取り仕切る老紳士は、エレンを極刑にするかどうかの賛否を問うていく。


「別にどっちでもいいけど、強いて言うならば賛成」


「ちょっと可哀想な気もしますが、魔王の瞳は危険過ぎるので……賛成です」


「……(友達をかばった事実からして、エレンくんきっといい子なんだろうね。ただそれでもやっぱり、史上最悪の魔眼はこの世に存在しちゃいけないと思う。賛成だよ)」


 バン以外の隊長たちは全員、エレンの極刑に賛成だった。


 しかし、それも仕方がないことだ。


 彼らはみな、いくつもの死線をくぐり抜けてきたA級魔術師。

 魔眼使いとの戦闘も経験しており、魔眼それがどれだけ厄介なものなのか、その身を以って知っている。

 そして何より――エレンの眼窩がんかに収まるのは、ただの魔眼ではなく、『史上最悪の魔眼』。

 その脅威たるや計り知れず……。

 実際に魔術教会の特別指定管理区域である千年樹林は、たった一度の『魔道まどう』の行使によって、文字通り『消滅』してしまった。


 エレンはまだ、その大き過ぎる力を掌握しきれていない。

 いつどこで魔王の固有魔術が暴発するかもわからず、そもそも人類の味方なのかどうかさえ不明確。


 そんな極大のリスクを背負うぐらいならば、彼がまだ未熟な今、その眼を使いこなしてしまう前に処刑するのがベスト。

 そう考えてしまうのも、無理のない話だ。


「さて、それでは最後にバン・グリオール様。貴方の意見をお聞かせ――」


「んなもん、反対に決まってんだろうが!」


 バンは明らかに苛立った様子で怒鳴り声を張り上げる。


 とにもかくにも、こうして全員の投票が完了。


 老紳士は裁判の結果を告げる。


「賛成四票、反対一票。これにより、魔術師エレンの極刑を決――」


「こ、の、根性なしのわからず屋どもがァ――」


 評決が読み上げられ、バンが暴発する直前、


「――ちょっと待った」


 天凰てんおうの中心部がぐにゃりとゆがみ、そこからクラウンメイクの男が現れた。


「「「「「ヘル、メス……!?」」」」」


 五人の隊長はみな一様に跳び下がり、すぐさま戦闘体勢を取る。


 凄まじい殺気が向けられる中、ヘルメスは柔らかく微笑みながら、「こんにちは」とほがらかに挨拶。


「これはこれはヘルメス様、貴方が教会を訪れるとは驚きました。……本日は如何いか御用向ごようむきでしょうか?」


 老紳士は警戒の色を滲ませながらも、招かれざる珍客に対応する。


「いやさ、ボクの大切な家族が――『エレン・ヘルメス』が終審裁判に掛けられていると聞いてね。居ても立ってもいられず、大慌てで飛んで来ちゃった」


 瞬間、殲滅部隊の面々に動揺が走る。


「おいおい、エレンとヘルメスの野郎は繋がっていたのか!?」


「……もはや疑いの余地はない。魔術師エレンは、危険極まりない存在だ。なんとしても、今日ここで処刑しなければ……ッ」


「エレン・ヘルメス・・・・……。その名前を与えるってことは、本気の家族認定・・・・・・・だね」


「う、うそ……っ」


「……(史上最悪の魔眼を囲っていたのか……。まぁ、彼ならばやりかねないね)」


 一同が騒然とする中、ヘルメスは老紳士に問い掛ける。


「これでもボクは『特級魔術師』、賛否さんぴを投じる権利はあるよね?」


「はい、もちろんでございます」


 議決権を有するのは、A級以上・・の魔術師。

『特級』という番外に位置するヘルメスも、確かにその権利を有する。


「それじゃ遠慮なく、反対に一票」


「かしこまりました」


 老紳士がうやうやしく頭を下げると同時、ルークがハッと鼻を鳴らす。


「ヘルメス、貴様がくだらぬ一票を投じたところで、賛成四票・反対二票――結果は何も変わらん。無駄足だったな」


「んー、それはどうだろうねぇ」


「……なに?」


「おや、知らないのかい? 『ジョーカーの一票』は、『魔法の一票』なんだよ?」


 ヘルメスはそう言って、妖しく微笑むのだった。

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