仮面
エレンは左目に意識を集中させ、仮面の人間を観察する。
最も目に付くのは、やはり顔面を覆い隠す白い仮面。
声質から判断して、二十代の男性だろうか。
長い漆黒の髪・身長は約190センチ・体はやや細身。
ゆったりとした黒いローブを
(レンズが
相手の正確な力量は測れないが、とにかく『敵』であることは確実。
(現状、最優先ですべきは……
エレンは仮面の男から見えない角度で、短いハンドサインを出す。
するとその直後、最後方にいたアリアが、大きくバックステップを踏んだ。
「――赤道の八・
(よし、これで十秒以内にダール先生が来てくれる……!)
彼女が拳を握ると同時、
「ふはっ――白道の五十四・
上空に不可視の壁が発生し、紅炎筒が
「「「なっ!?」」」
千年樹林には背の高い木々が乱立している。
今のような半端な高度では、誰の眼にも映らなかっただろう。
「くくっ……おいおい、どこのどなたに助けを求めるつもりだァ?」
「この千年樹林は、魔術教会の『特別指定管理区域』だ。お前らのような学生が、おいそれと来られるような場所じゃねぇ。どっか近くに監督者がいるんだろ?」
「……いろいろと詳しいな。
「『道を踏み外した大先輩』ってところだ」
仮面の男は軽くそう返した後、エレンたちにじっとりとした視線を向ける。
「ほぅ、ほぅ、ほぅほぅほぅ……。厄災の呪刀『
喜色に満ちた弾む声が、やけに大きく響いた、
「本当はまだ
彼はそう言うと、爪先でカツンと地面を叩く。
「――白道の七十五・
次の瞬間、まるで薄い膜を張るようにして、仮面の魔力が大地を覆っていった。
「ここより半径三キロを
(((この仮面、無詠唱で七十番台を……!?)))
エレン・ゼノ・アリア、三人の思考が一致。
眼前の敵は、少なくともA級以上――遥か格上の魔術師。
不知御領を張られた今、ダールに応援を求めることも難しい。
三人の表情に緊張が走る中、
「さてさてさーてとぉ……」
下準備を終えた仮面の男は、だらりと垂れた両の袖口から、白銀の
(……珍しいな。双剣使いか)
エレンがそんな感想を抱いた次の瞬間、仮面の姿が虚空に消えた。
(速いッ!?)
脱力からの超加速。
この一幕だけで、仮面の圧倒的な体術がわかった。
「――まずは『蛇』からいただこうか、ねェ゛!」
白銀の刃が、ゼノの首元に牙を
「はっ、甘ぇよ! ――黒道の四十二・
彼は漆黒の双刃を展開、迫り来る
「おっとっとぉ……っ」
奇襲を防がれた仮面は、軽やかな足取りで距離を取った。
「ははぁ、近接もいけんのか?」
「見下してんじゃねぇぞ、ドカスが」
十分な間合いが生まれ、にわかに緊張が
「――ゼノ、下だ!」
「っ!?」
信頼に足る声を聴き、咄嗟にバックステップ。
直後、白銀の
「くははっ、惜しい惜しい!」
仮面は手を打ち鳴らしてケタケタと笑い、
「こ、この野郎……ッ」
ゼノは眼光を尖らせて奥歯を噛み締める。
エレンの忠告がなければ、喉を貫かれて死んでいた。
その事実が、彼のプライドに傷をつけたのだ。
「しかし、今の仕込みをよく見抜いたな……。そっちのてめぇは、探知型の術師かぁ?」
声がしたのは、耳の後ろ。
(さっきよりも、遥かに速い!?)
エレンが振り向くと同時、白銀の刃が振り下ろされた。
「――青道の十二・
「こんな低位の魔術じゃ、止まんねぇぞォ?」
仮面が力を加えると同時、分厚い水の盾は弾け飛び、エレンの首元に鋭い刃が滑り込む。
「別に止めるつもりもないよ。黄道の十四・
水を浴びた仮面のもとへ、大口を開けた
「っとぉ、危ねぇ、なッ!」
右にサイドステップを踏んだ仮面は、反復横跳びの要領で戻り、強烈な
エレンは両腕をクロスし、完璧な防御を見せたが……。
(これ、は……重い……ッ)
あまりの衝撃を受け止め切れず、大きく後ろへ蹴り飛ばされた。
「いい反応だァ! まだまだ行くぞォ!」
さらなる追撃を仕掛けようとする仮面に対し、アリアが凄まじい速度で殺到する。
「ちょっと調子に乗り過ぎよ!
「違う! 後ろだ!」
「え?」
エレンの大声が響いた次の瞬間、アリアの正面にあった仮面の体は、まるで粘土のようにドロリと崩れ――彼女の背後に狂気の笑みが浮かぶ。
「まずは一匹ィ!」
「しまっ!?」
「――黒道の五十六・
次の瞬間、アリアの制服に刻まれた蛇の紋様から、
「っとぉ」
仮面は攻撃対象を変更。
器用にも剣閃を曲げて、蛇の三角頭をザックリと斬り落とす。
一方のアリアは、ゼノが生み出した僅かな時間を利用し、最低限の安全距離を確保した。
「……ありがと、助かったわ」
「礼なら後にしろ。この仮面野郎……
ゼノとアリアが警戒を強める中、
「ったく……。普通、仲間を呪うかねぇ?」
ゼノの術式を一目で看破した仮面は、どこか呆れた様子で肩を竦める。
次の標的がアリアになるだろうと読んだゼノは、彼女の制服にこっそりと遅延発動式の呪いを仕込んでおいたのだ。
嵐のような攻防が
「んー……」
仮面の男は唸り声をあげ、ポリポリと頭を掻いた。
「……そこの
彼の視線の先にあるのは――エレンだ。
「蛇に仕掛けた地中の白銀もバレた。明らかに入ったはずの斬撃も、何故かお前は完璧に反応してみせた。わざわざ隠匿術式を噛ませた緑道の土分身すら、問答無用で見抜きやがる」
ここまで仮面の攻撃の
もしも彼の忠告がなければ、ゼノとアリアはとうの昔に斬殺されていることだろう。
「どうして俺の攻撃がわかった? 音か? 臭いか? 振動か?」
「さぁな。案外、ただの『勘』かもよ?」
「くくっ、まぁそうだよな。いや、それが正しいぜ? わざわざ自分の手札を明かす必要はねぇ」
男は肩を揺らし、上機嫌に笑う。
「あ゛ーあ、軽くつまむだけのつもりだったが……こりゃ、駄目だわ。お前……ちょっと面白ぇよ」
次の瞬間、仮面の体から不気味な魔力が立ち昇る。
それは明らかに異物の混じった力、人ならざる『ナニカ』に
「「「……ッ」」」
エレン・アリア・ゼノが、最大級の警戒を払う中、
「さぁて、次はけっこう
仮面の瞳は、
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