魔剣
鋭い殺気を放つアリアへ、エレンはすぐに『待った』を掛ける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! どうして俺たちが戦わなきゃ――」
「問答無用!」
彼女は短くそう告げると、一足で間合いをゼロにした。
(速い!?)
爆発的な加速と完璧な踏み込み。
そこから繰り出されるのは、研ぎ澄まされた『桜の斬撃』。
「
息もつかせぬ
(右・左・上・下・斬り上げ・
エレンはその優れた
そして――
「黄道の一・
瞬間、
本来この魔術は、鋭い雷撃を前方に放つ、貫通力に優れた攻撃なのだが……。
エレンはその貫通性を拡散性に形態変化、相手の
(よし、ひとまずこの隙に距離を稼ぐ)
バックステップを踏み、大きく後ろへ跳び下がった次の瞬間、
「――キミのような遠距離タイプは、間合いを取りたくなるよね?」
それを先読みしていたアリアが、エレンの真横を並走する。
「っ!?」
「んー、今のは完璧に仕留めたと思ったんだけど……。キミ、とんでもない反応速度だね」
アリアは刀に付着した血を振り払いながら、賞賛の言葉を口にする。
あの瞬間――逃げ場のない空中にいたエレンは、
脇腹の浅い裂傷のみで、難を逃れたのだ。
「……驚いたな。どうして俺の動きが読めたんだ?」
「エレンの戦い方は、ゼノ・ローゼスとの決闘で、じっくり観察させてもらったからね。キミが戦闘中に考えていることは、全部手に取るようにわかるよ」
「なるほど、そういうことか……」
魔術師の戦いには、『情報戦』の側面がある。
相手の得意とする戦法・無意識に重用する魔術・緊急時の回避手段、これらの情報をしっかりと分析し、『次の一手』を正確に読み解く。
こうすることで、各盤面における最適な行動が取れるようになり、常に有利なポジションを確保できるというわけだ。
つまり現状――昼の決闘で手の内を明かしたエレンは、その戦術思考と自分の持ち札を晒しながら、ポーカーをプレイしているようなもの。
彼は圧倒的に不利な条件で、この場に立たされていた。
「さて、答え合わせも済んだところで、次はこっちの質問ね」
アリアはいつもの調子でそう言った後、これまで見せたことのない真剣な表情を浮かべる。
「キミのその眼、なんの冗談かな?」
「……質問の意味がわからないんだが……」
「
彼女はそう言って、エレンの瞳をジッと見つめた。
「だけど、そのレンズのせいで、魔眼本来の力が全く出し切れてない。今のキミは両手両足を縛ったまま、戦っているようなものだね。いくらなんでもその手抜き具合は……さすがにちょっと不愉快。外してもらえないかな?」
「あー……悪いけど、今は無理だ」
いくらここが
こんな状況下で、おいそれと魔眼を披露するわけにはいかなかった。
「……私程度の聖眼使いなら、魔眼の力を使わずとも勝てる、と? キミ……見かけによらず、『いい性格』をしているね。さすがの私も、今のは少しカチンときたよ」
「はっ? い、いやいや待て待て、誰もそんなことは言ってないぞ!?」
エレンの弁解の言葉は、アリアには届かなかった。
「――千の泉に
次の瞬間、何もない空間が割れ、そこから純白の刀が出現する。
『武装展開』――簡単な省略詠唱+
「キミが本気を出さないのなら、別にそれでも構わないけれど――死ぬよ?」
言葉が結ばれると同時、エレンの背後に純白の剣士が立っていた。
(……嘘、だろ……!?)
聖眼による基礎魔力の大幅な向上、魔剣白桜による身体能力の絶大な強化。
二つの相乗効果を得たアリアは、まるで
「白桜流・三の太刀――
エレンはその場に深くしゃがみ込み、紙一重でそれを躱した。
「よく避けた、ねッ!」
続けざまに放たれたのは、思い切りのいい
長い脚をしっかりと振り抜いたその一撃は、
「……っ」
確かに両腕で防御したはずのエレンを、遥か後方へ吹き飛ばすほどの威力があった。
(くっ、なんて重い蹴りだ……ッ)
空中で
「――さて、今度はどう凌ぐのかな?」
眼前にはもう、アリアの姿があった。
「白桜流・六の太刀――
左右から挟み込むように繰り出されたのは、八つの桜の刃。
すなわち、逃げ場のない広域斬撃。
(ま、ず……っ)
即座にそう判断したエレンは、すぐさま迎撃魔術を展開。
「白道の八・
聖なる光を剣の形へ変化させ、喉元に迫る数多の斬撃を撃ち落としていく。
硬質な音が鳴り響き、赤い火花が夜を彩る中、アリアは感心したように目を見開いた。
「それだけの魔術の腕がありながら、剣術の心得もあるなんて……ちょっとビックリしちゃった、よッ!」
「そりゃどうも。まだまだどっちも修行中なんだけど、なッ!」
その後、二人の激しい剣戟は、何度も何度も繰り広げられた。
(……よしよし、いい感じだ。この速さにも、そろそろ慣れてきたぞ)
エレンが相も変わらずの驚異的な学習速度で、超高速戦闘に適応しはじめた頃――アリアの足がピタリと止まった。
「はぁ……キミは凄いよ。魔眼や魔剣の補助もなしに、私とここまで斬り合えるだなんて……正直、想定外だった」
彼女の言葉に含まれた想いは尊敬と敬意、そして――『とある確信』。
「だけど残念。そんな急ごしらえの
彼女が軽く白刃を振るうと同時、エレンの剣は粉々に砕け散った。
「なっ!?」
両者の決定的な違い、それは――『武装の差』。
アリアの振るう
その一方、エレンの振るう
長きにわたる
「あっけない幕引きだけど……これでおしまい」
月下のもとに血の花が咲いた。
「か、は……っ」
エレンの胸部に致命の一撃が走り、彼はその場で膝を突く。
「……勝負あり、だね。大人しくその魔眼を渡すなら、命だけは助けてあげ……っ!?」
刹那、異常な気配を察知したアリアは、大きく後ろへ跳び下がる。
その直後、先ほどまで彼女が立っていたところに、ボトボトと
(な、何よ……この邪悪な魔力は……ッ)
アリアが絶句する中――醜く汚れた闇の奥、シュルルという
「ふぅー……っ。さすがに今のは、ちょっと効いたな」
瀕死の重傷を負ったはずのエレンが、ゆっくりと立ち上がった。
それと同時、その腹部に刻まれていた致命傷が、みるみるうちに塞がっていく。
あっという間に完全回復を果たし、おどろおどろしい漆黒を纏った彼は、静かにその名を告げる。
「――
次の瞬間、空間を引き裂くようにして零れ落ちたのは――
ヘルメスから譲り受けたこの一振りは、『最上級の
(
アリアの反応と混乱は、魔術師として非常に正しい。
『梟』という魔剣は、魔術全盛の時代に打たれた呪いの一振り。
存在それ自体が
当然この呪いは所有者にも牙を剥き、生半可な術師が持てば、即座に
その瞳に史上最悪の魔眼という最強の呪いを宿す
「……エレンも魔剣を使えたのね。でもまさか、こんなギリギリまで隠し持つだなんて……やっぱりキミは、『いい性格』をしているよ」
「別に隠していたわけじゃないさ。ただ、これを使うと
エレンはそう言って、静かに魔剣を構える。
「それじゃ、今度はこっちから行くぞ」
「えぇ、望むとこ……ッ!?」
いとも容易く必殺の間合いに踏み込んだエレンは、既に梟を振りかぶっている。
(速い!? だけど、ギリギリ間に合う……!)
アリアは白桜を水平に構え、完璧な防御体勢を取った。
しかしその直後、背筋に冷たいものが走る。
(……あっ……これ、防げないやつだ……)
刹那、凄まじい轟音が鳴り響き、無人の河原は漆黒に呑まれた。
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