王立第三魔術学園と不正入学【三】


「うーん……反応なし。これは『ハズレ』、かな?」


「あ、アリア、さん……?」


「あっごめん、なんでもない。気にしないでちょうだい」


 二人がそんなやり取りをしていると、教室の扉がガラガラと開き――ふくよかな体躯の巨漢が、のっそのっそと入ってきた。


「――おっほん、吾輩はダール・オーガスト。今年度の一年A組の担任である。専門は白道、特に防御術が得意である。みな、よろしく頼む」


 教壇に立ったダールがペコリと頭を下げると、各所からざわめきが起こった。


「おいおい。うちの担任、あの『鉄壁のダール』だぞ……っ」


「超有名人じゃん、なんか興奮してきたな……っ」


 誰もが知る有名魔術師の登場に、生徒たちのモチベーションは大きく跳ね上がった。


「それではこれより、朝のホームルームを始めるのである。今日は記念すべき第一回ということなので、本学園の規則などを説明していく。既に知っている情報も多いと思うが、静かに聞いてほしいのである」


 そうしてダールは、王立第三魔術学園の総則を語り始めた。


 まず一つは、寮制度について。

 王立第三魔術学園は全寮制であり、ここに入学する生徒は全員、学園の敷地内にある学生寮に転居しなければならない。

 当然エレンもその例に漏れず、ちゃんとヘルメスの屋敷から引っ越していた。


 その他には、学生同士の死闘厳禁・一部魔術の使用制限・侵入禁止の研究室などなど……様々なルールを周知した。


「さて、ホームルームはこれにておしまい。その他の細かな学則については、配布された生徒手帳を参照してほしいのである」


 そうして話を結んだダールは、パシンと手を打ち鳴らす。


「一限の授業は、ケインズ先生による基礎魔力講座。みな、魔術教練場へ移動するのである!」


 エレンたち一年A組の生徒は、魔術教練場へ移動し、ケインズ・ベーカーの前に整列する。


「――諸君、おはよう。私はケインズ・ベーカー。誇り高きベーカー家が長子にして、王立第三魔術学園における基礎魔力講座を担当する者だ。以後、よろしく」


 ケインズ・ベーカー、二十八歳。


 オールバックにした金色の髪、身長は百八十センチ、鋭く尖った瞳に儂のような鼻が特徴的な線の細い男だ。

 豪奢な服を身に纏う彼は、五爵の一つ『伯爵』の地位をいただく貴族でもある。


「私の授業では、普段ないがしろにされがちな『基礎魔力量の向上』を最終目的とする」


 彼は早速、講義を開始した。


「近年、多くの魔術師たちは、高難度の魔術をどれだけ速く展開できるかに心血しんけつを注いできた。が……私から言わせてみれば、それは真実『愚かの極み』である。基礎魔力の向上がどれほど有意義であるか、まずはそれを諸君らに見せてやろう」


 ケインズがパチンと指を鳴らすと同時、魔術教練場の中央部にふわふわと浮かぶ水晶玉が現れた。


「この水晶玉は魔晶石を加工した特殊な魔具だ。これに魔力を流せば、内部に組み込まれた結界術式が起動する。ちょうどこのように、な」


 ケインズは水晶玉に左手を載せ、そこに魔力を込める。

 すると次の瞬間、彼の前方に十層の積層結界が展開された。


「注ぎ込んだ魔力量と生成される結界の数は比例する。すなわち、注ぎ込む魔力量が多ければ多いほど、生み出される結界の数も増えていくというわけだ。――さて、今からこの魔具を使用して、簡単な実験を執り行う。その結果を見れば、いかに基礎魔力量が大切なのか、よぅく理解できるだろう」


 彼はそう言って、生徒たちの方へ目を向けた。


「この実験には、私の相手を務める魔術師が必要となるのだが……。せっかくなので、新入生代表・・・・・に手伝ってもらうとしようか。――エレン、前に出なさい」


「は、はい」


 言葉の節に棘を感じながらも、一歩前へ踏み出した。


「なるほど、君が噂の……」


 ケインズはその鋭い目をさらに尖らせ、エレンの爪先から天辺まで、品定めでもするかのようにジーッと観察する。

 その視線には、敵意と侮蔑ぶべつ――明らかな負の感情が含まれていた。

 それもそのはず……ここにいるケインズこそが、『入学試験におけるエレンの不正行為』を最も声高に主張する教師なのだ。


 ケインズ・ベーカーは純粋な血統主義かつ強い選民思想の持ち主で、貴族の生まれではない魔術師を『ドブネズミ』と見下している。

 そんなドブネズミエレンが、伝統と栄誉ある王立第三魔術学園の入学試験において、『満点合格』を果たしたという事実。


 彼にはそれがどうしても受け入れられなかった。

 否、そもそも受け入れる気がなかった。

 未だ確たる証拠はあがっていないが、なんらかの不正行為があったに違いない――最初からそう確信しているのだ。


(ふむ……これだけ至近に迫っても、エレンからはまるで『圧』を感じない……。私の睨んだ通り、やはりこのドブネズミは大した魔術師ではないな。なんらかの手段を用いて、入学試験の結果を改竄かいざんしたのだろう)


 ケインズは小さくかぶりを振り、重たいため息を零す。


(しかし、これほど明らかな不正入学を見逃すとは……天下の学園長殿も耄碌もうろくされたものだ。……仕方あるまい。この私が手ずから、正義の鉄槌を下してやろう)


 強い正義感に駆られた彼は、当初の予定通り、『公開処刑』の実施を決めた。


「これから私とエレンで、ちょっとした実験ゲームを執り行う。ルールは至ってシンプルだ。お互いが所定の位置につき、開始の合図と同時に水晶玉へ魔力を込め、前方に向けて積層結界を展開――その物量をもって、相手をスタートポジションから剥がした者の勝利。まぁ早い話が、『結界を使った押し相撲』だな」


「なるほど……」


 まさかこれが自分を辱めるためのものだとは露知らず、エレンは真剣にその話を聞いていた。


「このゲームに勝つポイントは一つ。どれだけ多くの積層結界を展開し、相手を強烈に圧迫できるか、だ。つまり――わかるだろう?」


「えっと、基礎魔力量の大きい方が勝つ、ということですか?」


「その通りだ」


 ケインズはコクリと頷いた後、たった今思い出したとばかりに手を打った。


「っと、そう言えばエレン。君は歴代の首席合格者の中でも、飛び抜けて優秀な成績だったそうじゃないか」


「あっ、いや、それはたまたまでして……っ」


「はははっ、謙遜けんそんはよしたまえ。私はこれまで何人もの首席たちとこのゲームに興じてきたが、彼らはみな凄腕ばかりだったぞ? 歴代最高の首席であるエレンとの勝負、さぞ素晴らしいものになるだろう! ――まさか開始と同時に吹き飛ばされ、無様な醜態を晒すことなど、決してありはしないだろうねぇ」


 ケインズは底意地の悪い笑みを浮かべ、大袈裟な手振りで雰囲気を煽った。


「ちなみに言っておくと、私が一秒間に展開可能な積層結界は――『53万枚』! もちろん、学生を相手に本気を出すつもりはないが、参考程度に覚えておくといい」


 彼は誇らしげな表情でそう言うと、エレンに水晶玉の一つを手渡した。


「さぁ、所定の位置へ――そうだな、あの白線の上に立ちたまえ」


「わ、わかりました」


 エレンは指示された場所へ移動し、両者の距離は十メートルほど開いた。


(くくくっ、これでこのドブネズミはもう終わりだ。クラスメイトたちの前で赤っ恥を掻けば、二度と学園には来られないだろう)


 ケインズが悪意をたぎらせる中、


(この水晶玉に手を載せて、先生の合図と同時に、魔力を込めればいいんだよな……)


 真面目なエレンは、先ほどの説明を静かに反芻はんすうしていた。


「さて、準備はいいかね?」


「はい。多分、大丈夫だと思います」


「よろしい。それでは――はじめ!」


 合図と同時、エレンとケインズは素早く動き出す。


(水晶玉に魔力を込める……!)


(ふははははっ、我が53万の威力を見、よ……?)


 刹那、ケインズの視界を埋め尽くしたのは『漆黒の壁』。

 優に数千万・・・を超える『超多重積層結界』――すなわち、圧倒的な『数の暴力』だった。


「こ、こんな馬鹿なことが……へぶッ!?」


 桁違いの物量に押し負けたケインズは、遥か後方へ吹き飛び、教室の外壁に全身を強く打ち付けた。


「だ、大丈夫ですか、ケインズ先生!?」


 エレンは顔を真っ青に染め、大慌てで駆け寄るが……。


「ぁ、が……っ」


 ケインズは白目を剥いたまま、ぶくぶくと泡を吹いていた。

 それから一拍遅れて、他の生徒たちが駆け付ける。


「お、おい……ケインズ先生、完全に失神しているぞ!?」


「誰か、保健室の先生を呼んで来い!」


 数分後――生徒たちの前で一生ものの赤っ恥を掻かされたケインズは、保険医の持ってきた担架に乗せられて、学外の病院へ運ばれていくのだった。

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