王立第三魔術学園と不正入学【二】


 入学式がつつがなく終わり、新入生は各自の教室へ移動していく。

 王立第三魔術学園に入学した生徒は、入学試験の成績によって、特進科のA組と普通科のB組に分けられる。

 首席合格を果たしたエレンは、もちろん特進クラスだ。


(えーっと……A組の教室は、本校舎一階の突き当たりだったよな? いやでもその前に、せっかくだからトイレに行っておこう)


 朝のホームルームにはまだ時間があったので、近くの男子トイレで軽く用を済ませた。

 綺麗な洗面所で手を洗ったエレンは、正面の大きな姿見すがたみで身だしなみを整える。


(えへへ。やっぱりここの制服、ちょっとかっこいいなぁ……)


 王立第三魔術学園の男子用の制服は、上は臙脂えんじ色を基調としたブレザー、下はシンプルな黒のズボン。

 これらは激しい戦闘にも耐えられるよう、特殊な繊維で織られており、耐久性は抜群。

 そのうえデザイン性にも富んでおり、男子生徒からの評判はかなり高かった。


(それにしても、全然違和感がない……。こんな簡単に魔眼を隠せるなんて、本当に凄い魔具だなぁ)


 現在、エレンの左眼には、超極薄の『レンズ』が装着されている。

 これはヘルメスが高位の隠匿術式を施した特別な魔具まぐで、ほとんど全ての探知魔術から、史上最悪の魔眼を隠してくれるという優れものだ。


(トイレも済ませたし、身だしなみも整えた。後は……そうだ。ちゃんと『約束』を守らないとな)


 エレンは登校前に、ヘルメスと交わした約束を反芻はんすうする。


 一、魔眼については秘密にすること。

 一、ヘルメスのせいを語らないこと。

 一、学園生活を全力で楽しむこと。


 三つの約束事をしっかりと頭に叩き込んだ彼は、まだ見ぬクラスメイトたちの待つ、一年A組の教室へ向かうのだった。


(俺の席は……あそこだな)


 教室に入った彼は、黒板に張られた座席表を確認し、部屋の最奥にある窓側の席に腰を下ろす。


(……やっぱり、見られてる、よな……)


 恐る恐る周囲を見回せば――露骨にジッと見つめる者、こっそりと横目で窺う者、睨み付けるような視線を送る者、クラス中の注目がエレンに集まっていた。


 当然ながらこれは、決して『いい注目』ではない。

 どちらかと言えば、敵対心や悪感情の入り混じった『悪い注目』だ。


 それもそのはず……ここにいる一年A組の生徒はみな、幼少期から『天才』と持てはやされてきた魔術師ばかり。

 エレンとは対照的にひたすら褒められて育った彼らは、人並み以上に自尊心プライドが高く、『我こそが王立の首席を取らん!』と息巻いていたのだが……。

 ふたを開けてみれば、どこの馬の骨とも知れぬ無名の輩に、栄光の『首席合格』の座をさらわれてしまった。

 当然、面白いわけがない。


(ヘルメスさんの言っていた、『友達との楽しい学園生活』……。中々、大変そうだなぁ……)


 エレンがこの先の未来に不安を感じていると、


「――久しぶりだね、エレン」


 背後から、鈴を転がしたような綺麗な声が響く。

 振り返るとそこには、純白の美少女が立っていた。


「え、えっと……?」


「あれ、覚えてない? 入学試験のとき、ダール先生のテストを一緒に受けていたんだけれど」


「……あっ、あのときの」


 脳裏をよぎったのは、素晴らしい剣術で一次試験を突破した、純白の女剣士。


「思い出してくれた? 私はアリア・フォルティア、よろしくね」


 アリア・フォルティア、十五歳。


 透き通るような純白の髪は、正面から見ればショートに見えるが、後ろで纏められているため、実際はロングヘアである。

 身長は百六十センチ・澄んだ紺碧の瞳・新雪のように白い肌・ツンと上を向いた胸・ほどよくくびれた腰・スラッと伸びた肢体、百人が百人とも振り返るような絶世の美少女だ。

 赤と白を基調としたブレザーに落ち着いたチェック柄のミニスカート、王立第三魔術学園の女子用制服に身を包んでいる。


「俺はエレンです。よろしくお願いします、アリアさん」


「同い年だし、アリアでいいよ。それと敬語もいらないかな」


「え、えっと……それじゃアリア……?」


「うん、よろしくね」


 簡単な挨拶を交わしたところで、アリアはエレンの一つ隣の席に腰を下ろした。


「同じ一次試験を受けて、同じクラスで隣の席……。ふふっ、なんだか凄い偶然だね」


「あはは。言われてみれば、確かにそうだな」


「でもまさか、エレンが首席合格だとは思わなかったよ」


「うん、それは俺もビックリした」


 ちょっとした冗談を交わし、和やかな空気が漂う中――アリアはエレンのもとへ近付き、その耳元で問い掛ける。


「ねねっ、あのときのアレ・・、いったい何をやったの?」


「え、えっと、何が……?」


 質問の意味がわからず、エレンは小首を傾げた。


「ほら、入学試験のとき、キミは『白道の一・閃』を使ったでしょ? あんな弱い魔術じゃ、鉄壁のダールの魔力障壁は絶対に突破できない。何かネタがあるはず」


「あぁ、あれのことか」


 特に隠す必要性も感じなかったので、あのときのことを全てそのまま語ることにした。


「ダールさんの魔力障壁は、確かにとても強力だったけど……。あれには、『規則的な波』があったんだ。強い波と弱い波が交互に打ち寄せた後、ほんの一瞬だけ無の時間が生まれる。その『なぎの刹那』にせんを差し込んだんだ」


 その回答を聞いたアリアは、スッと眼を細めた。


「へぇ……。魔力障壁が視えるなんて、とてもいい・・・・・眼を・・しているんだね・・・・・・・


「えっ、いや……ま、まぁね」


 魔眼については秘密にすること。

 ヘルメスとの約束があるため、エレンは咄嗟に誤魔化した。


 しかし、悲しいかな。

 彼は根っこが純粋なため、嘘や誤魔化しのたぐいが人並み以上に下手糞だった……。


 そうしてエレンが右へ左へと眼を泳がせていると、


「……ねぇ、ちょっとよく見せてよ」


 アリアは突然グッと体を寄せ、彼の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。


(い、いいにおい……いやそれよりも近い……っ)


 お互いの吐息が掛かる距離。

 エレンの鼓動は、かつてないほどに速くなった。

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