魔術師エレンの修業【三】


 深夜遅く――エレンがすやすやと寝静まった頃、ティッタ・リン・シャルの三人は、ヘルメスの執務室を訪れた。


「「「――失礼します」」」


「みんな、今日は御苦労だったね」


 ヘルメスは書類仕事の手を止め、使用人たちへ労いの言葉を掛ける。


「早速なんだけど、エレンはどうだった?」


「さすがは史上最悪の魔眼というべきでしょうか。恐るべき才能の持ち主でした」


 エレンのお世話係を務めるリンが、全員を代表してそう返事すると、ヘルメスは満足そうに微笑む。


「そうかそうか、それは何よりだ。さて、もう夜も遅いし、サクッと本題に入ろうか。みんな、今日一日修業をやってみて、エレンの異常性・・・・・・・には気付いただろう?」


 ティッタ・リン・シャルの三人は顔を見合わせ、同時にコクリと頷いた。


「それじゃ、ティッタから聞かせてもらおうかな。体術はどうだった?」


「率直に言えば、『超絶素人』っす。体力・筋力は平均的な人間以下、体捌たいさばきに関してもてんでからっきしでした」


「まぁ、彼はずっと物置小屋に閉じ込められていたそうだからね。無理のない話かな」


 ティッタの歯に絹を着せぬ物言いに、ヘルメスは苦笑いを浮かべる。


「ただ……」


「ただ?」


「身体能力の『振れ幅』は……異常っす。小さいときは本当に子どもレベルの力なんですが、大きいときは私を超えています」


「へぇ、それは凄いね」


 獣人から下された『獣人以上』という評価に、ヘルメスは感嘆の吐息を漏らす。


「ところでティッタ、さっきからずっと気になっていたんだけど……右手、大丈夫?」


「あ、あー……バレちゃいました? 一応、完璧に防御はしていたんすけど、思っていたよりもかなり重く……一撃で砕かれちゃいました」


「ボクが治そうか?」


「いえいえ、こんな些事でヘルメス様の貴重な魔力を無駄にはできません! 骨自体はほとんど再生していますので、心配ご無用っす!」


 獣人の回復力は凄まじく、四肢の粉砕骨折程度であれば、一晩ぐっすりと寝れば完治してしまう。


「そっか。もしあれだったら、我慢せずにいつでも声を掛けてね?」


「お気遣い、ありがとうございます」


 ティッタの報告が完了したところで、ヘルメスは次へ移る。


「それじゃリン、剣術はどうだった?」


「今日初めて剣を握ったらしく、まだ評価を下す段階にはありません。――しかし、恐るべき洞察力と吸収力を兼ね揃えておられました。私の構えを瞬時に見取り、次元流の型も信じられない速度で習得しております。このまま順調に育てば、いずれは素晴らしい魔剣士になるかと」


「手厳しい君がそんなに褒めるなんて……これはとても期待できそうだね」


 ヘルメスは眼を丸くし、満足そうに頷いた。


「最後にシャル、魔術はどうだった?」


赤道せきどう青道せいどう黄道おうどう緑道りょくどう白道はくどう黒道こくどう――六道全てに対し、非常に高い適性を持っていました。特に『黒道』適性の高さは……もはや『異常』です」


「なるほどなるほど。ちなみになんだけど……エレンにはちゃんと『白道適性』だって伝えてくれた?」


「はい、全て仰せのままに」


「ありがとう」


 それぞれの『エレン評』を聞いたヘルメスは、ゆっくりと立ち上がり、部屋の窓から真紅の月を眺める。


「――眼よりも先に手が肥えることはない。エレンはこの世界で一番、学ぶことの上手な魔術師と言えるだろう」


 ヘルメスの喜色きしょくに満ちた声が、執務室に響きわたる。


「とにかく、彼を伸び伸びと成長させるんだ! 『常識』・『普通』・『一般』――そんな馬鹿馬鹿しい固定観念を間引き、くだらないしがらみを断ち切り、つまらない足枷を取り去る! ティッタ・リン・シャル、あの子が自由な学びをできるよう、明日からもよろしく頼むよ!」


「「「はい、かしこまりました」」」


 三人は深く頭を下げ、静かに執務室を後にした。


「……嗚呼ああ、楽しみだなぁ……。エレン、君はいったいどんな世界をせてくれるんだぃ?」

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