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ある日、サクメン王国にて凱旋が行われた。
偶然父であるリガード男爵に連れられ兄のノーシュと共に王都を訪れていた少年ロアンは兄の友人であるホウも連れて3人で人混みの中から凱旋の主役を見つめていた。
英雄と持て囃された漢の背丈は高く、馬に乗った事でよりそれが強調されていた。端正な顔の表情は晴れやかで、王都の皆が彼の偉業を祝福した。彼が手を振ると忽ち歓声が上がった。
ロアンは彼の持つ何かに心を奪われた。激しい憧憬を抱いた。それは隣にいるノーシュもホウも同じである様に見えた。ロアンには彼が何をしたのかなど到底知る由も無かったし、大して知りたいとも思わなかった。幼いロアンは自分が何に魅了されているのかすら分かっていなかった。只今いずれ彼の様な英雄に成りたいとそう感じ、そう夢を抱いた。
父兄とマルチア領に戻ったロアンは真っ先に父に問いた。英雄に成るためにはどうすればいいのかと、彼の父は誰よりも強くなれと言った。
それからと言うものロアンはノーシュとホウがチャンバラで遊んでいるのを見るとすかさず二人に混ざっていった。誰よりも強くなれ、そう父に言われたがままに二人に挑んだ。
結果一度として勝てなかった。特にホウに関しては一切の勝ち目が無かった。数年後に聞かされる話だが、彼は天才らしい。武芸においても学問においても。彼とロアンは1つしか歳の差は無いが、二人の力量は天と地程であった。そんな彼を稀にではあるが力で捩じ伏せ勝利することが出来るノーシュもまた、ロアンが勝てる相手では無かった。
そんなこんなで半年が過ぎたが、ロアンは人生で一度足りとも勝利した事が無かった。別にロアンが普通よりも劣っているという訳では無い。相手が悪すぎたのだ。しかしロアンは幼いながらに焦っていた。このままではいつまで経ってもあの英雄の様には成れないのではないのかと。
そんなある日、彼は目撃した。轟音と共に昇る雷を。その雷は普通では無かった。昇るっていたのだ下から上へと。彼は直ぐに駆け出した。確信があるわけでは無かったが、きっとあの雷の発生源には凄い力がある気がした。あの雷は森の奥らへんで昇っていたので彼は一切の躊躇となく深い森の中へと駆け出していた。後ろでノーシュとホウが自分に戻るよう指示する声がしたがお構い無しだった。この森は深い。本来から近づくことすらも父に禁じられていたのだが、毎日の様にこっそりと男爵邸を抜け出し遊び行くノーシュとホウの二人の後をついてこの森の近くへと訪れていたのだ。二人の声が次第に小さくなっていった。
気が付いた時には自分が何処にいて目的地がどの方面にあるのか分からなくなっていた。すると突如右手に軽く電流が通ったような間隔がして右手側に走り始めた。するとしばらくして今度は左手に電流が流れたようが気がして左手側に向かって走った。そして数分後、ロアンは密林の奥地で古びた祠を見つけた。そしてその祠には巨大な一頭の「トラ」がいた。
その「トラ」の模様や色は今この世界にいる全ての虎とも合致する事がなかったが、その容姿は何処からどう見ても虎であった。
「何者だ、貴様は?」
「し、喋った!!」
突如喋り出した「トラ」への驚きと、その鋭い眼光への恐怖でロアンは尻餅をついてしまう。
「迷い混んだのか?今の私は機嫌が悪い。用が無いのであれば即刻去ね。」
「ひっ!」
更に鋭くなる眼光に再びビビり散らかしてしまう。6歳の子供にこの異様な恐怖を耐えろというのは無茶な話であった。大の大人であっても気絶してしまう程の恐怖であった。
しかしロアンは震える足を立たせ、「トラ」に問いた。
「な、なぁお前。さっきの雷、お前がやったのか?」
「…雷?…あぁ目覚めた時の……それがどうした?貴様には関係あるまい。」
「ある!強く成りたいんだ、教えてくれ。どうしたらあんな力が…」
「煩いわ。即刻去ねと言ったはずだぞ。」
そう言いながら「トラ」は毛を奮い立たせより鋭い眼光を放った。
「っ!お願いだ。どうすればあんな感じの凄い力を手に入れられる?」
「…残念だ。あまり余計な殺傷は好まぬのだが、貴様の気が変わらぬのいうのであれば。」
「っ!し、死ぬ。」
愚かな少年に「トラ」はその鉤爪を振るった。
「ロアン、危ない!!」
その刹那、危機迫った声が隣から聞こえる。そして肩を強く押されると、先程までロアンがいた場所に右手を伸ばしたホウがいた。
「っガッ。」
「む?」
「トラ」の鉤爪がホウの身体を5つへと引き裂いた。その死肉は地面に散らばり各地に血溜まりを作った。
「…………え、ホウ兄?」
「…何と」
その直後ノーシュの声がした。
「おい!ロアン!ホウ!」
「に、兄ちゃん!ホウ兄がホウ兄が!!」
「ホウは何処だ?…ってな、なんだこの虎!?」
そして、ノーシュはロアンの付近に広がる無残な血肉に目を大きく広げた。
「…おい、お前これ…」
「それがホウとやらだ。それよりも早くここから立ち去れ。さすれば貴様らまでの命は取らん。」
「…………………」
ロアンは恐る恐るノーシュの顔を見た。見るしか無かった。この状況をどうこう出来るのは彼だけだった。
「……………………………………………」
一瞬ではあったが永遠にも思える長い沈黙の末、未だ一切の状況を脳が受け付けていないノーシュが重たい口を開く。
「おい、ロアン。太陽とは反対側の方角に向かって真っ直ぐ走れ。しばらくしたら元の場所に戻れる。」
「え?」
「何があったのか良く分かんねぇし、分かりたくもないけど……ホウの仇位は取る。」
「え、嫌だよ…」
「いいから、さっさと行け。」
「愚かな…逃がしてやると言っておろうに。」
「俺の親友を殺したんだ。一矢報いてやる。」
そう言ってノーシュは腰に携えていた子供用の剣を抜いた。そしてその直後「トラ」の放った電流がノーシュの身体を貫き心臓の動きを止めた。
バタンとノーシュが倒れた音だけがした。ロアンはただ1人何も出来ずにいた。
「さてそれで、貴様はまだ力をどうこう言うのか?」
「ひっ!」
始めて見た、人が死ぬ所を。早すぎる別れと言うものを。
しかしすぐ横、2体の死体の裡で太古の時から続く恐るべし生存本能が覚醒を遂げていた。
「早く去ね。」
「嫌だ!絶対に逃げないし、絶対に許さない!!」
少年は声を荒げて叫んだ。「トラ」への恐怖を、二人を死なせた後悔を、一瞬でも麻痺させら様に。
「…そうか、ならば死してあの二人に詫びを入れてこい。」
「っ!」
「トラ」の鉤爪が再びロアンを襲う。その時、1本の触手が「トラ」の右前足を引き裂いた。
「!?」
「おい。ロアンに手を出すな。」
横からした声に反応して振り向くと、そこには先程「トラ」によって無残に殺されたホウが立っていた。服は先程裂かれたので着ておらず、体毛を含めた全身が乳白色に変色していた。そしてその背中からは3本の触手が生えていた。
「っまさか、蘇ったのか。ならば昆虫系統、そしてその姿……お主「パラ…」
「うるせぇ!」
今度は上から声がし、見上げた時には「トラ」の額にノーシュの拳が突き刺さっていた。
「っぬぅ…貴様まで。」
その直後、ノーシュとホウの怒涛の攻撃が待っていた。
(驚いた。まさか2体同時に出会うとは、しかもこれ程早くに。しかしここでこの2人を殺す訳にも行くまい。後々上手く味方して貰わなければ。だが全力いや、実力以上の力を発揮せねば私が死にかねん。…気張るぞ。)
ホウの触手が再び「トラ」の右前足を斬る。触手の先端は刃の様な形状をしており、「トラ」の血液が輝いている。
「トラ」はすかさず素早い動きで触手を次々と回避すると、そこにノーシュが飛び込んできた。
(こやつの力は不明だが、超近距離特化の筋肉強化型としておこう。)
「トラ」は自身から電流を発生させると、ノーシュを黒焦げにさせて見せたものの、この程度では先頭不能にまで持っていけないと悟り最大出力を長時間継続させて見せた。
「っ、ノーシュ!……ぐ、ぐああぁぁぁぁ!」
ホウは天を仰ぎ発狂すると、理性を追いやり再三「トラ」へと触手を突撃させた。しかし「トラ」に触れる直前に奴の放った電流に感電した。
「こんな所か。」
封印覚醒直後の最大出力放出で疲れ切った「トラ」は電流を出しきり、ノーシュとホウは倒れた。勝利を確信したしたその時、「トラ」の右前足は触手による3度目の攻撃を受け、切断された。
「っな!?」
「トラ」が目をやると、ホウは全ての力を出し尽くしたかのように、弱々しく倒れた。そこに、ずっと突っ立っていたロアンが向かう。そしてその直後、いつの間にか「トラ」の懐に潜り込んでいたノーシュが「トラ」の腹部へと強烈な殴打を1発叩き込んだ。
「っぐ!…おのれ。」
力を振り絞る様に「トラ」が轟音と共に天から極大の雷をノーシュへ直撃させると、彼は仰向けに倒れた。
「やっ…と、終わった……か。」
虎は弱々しく呟き、自身が死にかけているのを悟ると、近くにいた涙目のロアンに声をかけた。
「…おい、貴様。力がどうとか言っておったな?」
「あ、あぁ。」
「この力…くれてやってもいい。」
「…っ要らない!よくも兄ちゃんとホウ兄を。」
「……そうか、ではこの二人の命が助からなくても…良いのか?」
「トラ」は、しばらくしたら復活であろう2人を前にして堂々と嘘を口にし、6歳の無垢な子供を騙した。
「私と契約しろ。…さすればこの2人の命…救ってやろう。」
「本当か!?……本当なんだな!契約ってのをしたら二人は死なないんだな!?」
「あぁ。……しかし、契約前後の記憶は多少消させて頂くがな。」
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