助けを求める声 ー安全な場所ー

 電話を切ってから、全速力で自転車を走らせ、20分くらいでコンビニに着き、店内の雑誌売り場に彼女を確認する。

 若月先輩は俺が来たときから気づいていたようで、自動ドアが開くと、そこで迎えてくれた。


「ありがとう、こんな遅くに、本当にごめんなさい」


 不安と安堵あんどの入り交じった表情で軽く手をにぎられる。


「はぁ、はぁ…、いいえ、大丈夫ですよ。それより先輩――」


 息が切れていたが、俺は自転車でここに来る途中、二人で会って、それから、どうするのかを考えていた。


 例えば、話しを聞いてから、先輩を家に送っていく……。あり得ない、せめて夜が明けるまで。


 警察に連絡して保護してもらう……。どうせ、長い事情聴取のような事になる。そのまま拘留になるかもしれない。警察には近づけさせたくはない。


 どこか泊れるホテルを探し、何があったのかを聞いて、一夜を明かす……。近くにラブホテルはあるが、入ったことも無いし、お金もない。


 結局、俺が出した答えはこれだった。


「――これから、俺の家に来ませんか?」


 彼女は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに真顔に戻って「いいの?」と聞いてきた。


 未成年の高校1年生にやれることは限られている。もう深夜11時半をまわっている。この辺はファミレスなんかも閉店していた。コンビニのイートコーナーというわけにも行かない。


 何より、俺のうちには、悪霊の侵入しんにゅうこばむ結界が張ってある。苦労して大六と作った結界だ。さむらい亡者の刀くらいじゃ壊れるわけは無い。

『いいの?』と聞いてきた若月先輩に俺はこう返事をした。


「大丈夫です……。いや、ある意味大丈夫じゃないかもしれませんけど……、親に見つかったら正直に言います」


 俺は(心霊的には大丈夫だけど、親に見つかったりすると、あまり大丈夫じゃないな)と思った。しかし、


「今、若月先輩を連れて行けるところは、俺の家しかないような気がします。もちろん変なことしようとしてるわけじゃありませんけど……。これからどうすればいいかは、俺の部屋で相談しませんか?」


 と、言った。若月先輩は大きく頷いた。


 俺は頭の中で、大六に呼びかける。


(大六、出てきてくれないか?話しできるか?)


〈あー、見てるよ。〉


(よかった…)


 結界を張り終わってから、一度も大六と話していなかったから、出てきてくれるか不安だった。


(若月先輩を、俺ん家の結界に入れれば、もう亡霊達は追ってこれないよな?)


〈…あちらの出方次第だが…大丈夫だろう。何か問題が起これば、そん時はそん時だな〉


(ありがとう)


 とりあえず、コンビニで二人分の飲み物だけ買って店を出る。彼女は歩いてここまで来たようだ。自転車小屋にも彷徨さまよっている幽霊が見えて、入るのも怖かったらしい。俺は自分の自転車の荷台に、羽織はおってきた上着をたたんでき、


「お尻痛いかもしれませんけど」と言った。


「大丈夫だよ、痛かったら私、自分で歩くから」


 若月先輩に少し笑顔が見えた。愛想笑いでも、彼女の笑顔が見れるのはこちらも嬉しい。


 あらためて、先輩の姿を見ると、丈の長めのワンピースを着て、薄めのカーディガンを羽織っている。ワンピースと言っても少しパジャマっぽい生地だった。きっと着替える時間も無かったんだと思った。

 自転車の荷台に、横掛よこがけで腰おろした先輩は


「ちょっと怖いかも…、抱き着くみたいな感じになってもいい?」と言う。


「いいですけど、汗ばんでたらごめんなさい」


「大丈夫だよ、ごめんね、わがままばっかり言って」


 俺のTシャツだけの背中に、先輩の上半身が密着する。俺の心臓は大きく弾みだした。こんなに女性と接近したことはない。

 そして、今日の先輩は、強めに香水の匂いがする。


 その時、今現在も、若月先輩が警察に監視されているんじゃないかということが頭によ ぎった。だとしても、もう仕方ない。監視されていたとしても、今は彼女の、霊的な身の安全を優先する。

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