第17話 昆布が海の中でダシが出ないのなんでだろう?海藻(回想)だけに
◇(回想)
僕が千咲と付き合い始めたのは高校1年生の頃まで遡る。ただ、それを説明するにはそれよりもっと前のことを話す必要があるだろう。
子役としてデビューをした僕は、映画やドラマなどの仕事を大なり小なりこなしていた。
藤井ユイカが言うような天才子役というものでは決してなく、地味にコツコツと脇役を演じるようなタイプだと自分では思っていた。
中学2年生か3年生だったかの頃、僕に主役級の役が舞い込んできた。
ドラマの仕事で役柄は入院を繰り返す病弱な少年というもの。
一般に高校生になったら『子役』という肩書はよっぽどでない限りもう使えない。子役としての賞味期限切れが近かったこともあって、僕は相当熱を入れてこの役をものにしようと努力した。
先輩の俳優さんからたくさんアドバイスをもらい、先日の真琴のように、普段の生活から役に入り込むような真似もした。
つまりは『病人の真似』をしながら演技に取り組んだわけだ。
これが功を奏したのか、いざ撮影が始まると周囲からは『怪演』とか『ついにベールを脱いだ』とかそんな称賛をもらえた気がする。
ただ、それは大きな代償を伴ってしまった。
あろうことか、病人の真似をしていた僕は本当に病人になってしまったのだ。
病名は『急性白血病』
演技の稽古中、やたらと痣ができるようになったことで病気に気がついた。
今でもその傷跡みたいな痣の一部が背中に残っていたりする。
治療は壮絶だった。
抗がん剤の投与とその副作用に苦しむ毎日。もちろん日常生活などまともに送ることは出来なかった。
本来ならば楽しいはずの15歳の日々は、病との戦いに消えていったのだった。
喜ばしいことに病はその手を緩めて
そんな役者を辞めて一年遅れの高校1年生になった僕を支えてくれたのが、たまたま入学した高校で隣の席になった千咲だった。
友達もいなければ勉強も遅れていた僕は高校に入学したところで精神的に参っていたわけなのだけれども、千咲の献身的なサポートのおかげでなんとかやってこられたと言ってもいい。
今思えばひどいことも言ったような気がするし、逆にひどいことをされたような気もする。それでも千咲は僕から離れることはしなかった。
でもなぜ彼女はこんな僕に手を差し伸べてくれたのだろうか、それがずっと謎だった。
「――それはね、祐太郎のことが好きだからだよ」
千咲はそう言う。
僕は言葉の意味としてはわかっていたけれど、『好き』という気持ちだけでそこまで出来るものなのか理解するだけの器量が無かった。
それでも僕の器量が無いなりに、千咲とは恋人同士の関係になった。周りからはお似合いだと言われ、そう言われることで僕は自分自身を納得させていたのだ。
高校を卒業し、運良く大学へ進学することができた。あたかも当然のように僕は千咲と一緒に暮らすようになったわけだけれども、段々と僕の心の中には違和感というか、ズレのようなものが大きくなっていることに気がついた。
その正体は至ってシンプルなもの。
僕は何から何まで千咲から受け取ってばかりで、彼女には何も与えることが出来ていなかった。
千咲は一生懸命尽くしてくれるのに、僕は何もしない子供のようだった。
千咲はそれでもいいとは言ってくれるけれども、僕自身それがどんどん許せなくなっていた。
千咲のことが嫌いになったわけではない。
ただ、僕は千咲から卒業しなければ、いつまで経っても雛鳥のまま。自分の翼で飛び立つためには、一度ここでケジメをつける必要があると僕は思ったのだ。
そうして大学二年生の春、僕は千咲へ別れを告げた。
ひとり立ちをしたいという理由だけでは彼女は納得してくれないと思っていたのだけれども、これが案外あっさりで拍子抜けした。
もしかしたら、千咲自身も何かしら僕に対して感じていたことがあったのかもしれない。
千咲が出ていったあと、その隙間を埋めるように真琴が僕の元へとやって来た。
最初は男だと思っていたら実は女で、それでもまるで昔から一緒に暮らしていたんじゃないかってくらい自然に接することができた。
ちょっとした事件があって付き合うことになったけれども、彼女のおかげでようやくわかったことがある。
僕は、真琴を幸せにしたい。
真琴のために生きていたい。
今まで与えられてばかりだった自分が、初めて他人を幸せにしたいと思うようになった。
だから早く真琴を追いかけなければ。一刻も早く追いついて、病気のことも、千咲とのことも全部打ち明けるんだ。手遅れになる前に。
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