第15話 『繋ぐ』と『繁る』が違う字だったってことを最近知ったよ!こればかりはパソコン文化を憎むしかないね!

 ホラー映画でメンタルブレイクしたり、カフェで元カノの千咲に遭遇したりとなにかと衝撃の大きい事件が続いた。そのせいか、カフェを出てから二人で駅ビルにショッピングへ行ったはずなのだけれども、その記憶がおぼろげである。


 真琴と一緒にいる事を楽しんでやろうと意気込んでいたのにも関わらず、デートらしいデートを楽しめたのは待ち合わせの時間ぐらいだろうか。成功か失敗かで言えば限りなく失敗に近いデートだろう。


 気がつくともう日は暮れかけていて、そろそろ家に帰ろうかという感じだ。なんだかとても勿体ないことをしてしまっている気がする。


「……なんだかんだあったけど楽しかったね。今度は映画じゃなくてミュージカルにしようか」


 帰り路の途中、真琴はぼそっとそんな事を言ってくれた。

 僕から誘った手前、柄にもなくつまらないデートになったらどうしようなどと考えていたこともあって、その一言で少し気持ちが楽になった。


「ミュージカルもいいね。なんなら、真琴の出演している舞台でもいいかも」

「それじゃあデートにならないだろう?」

「ははは、確かに。……でも、一度観てみたいな、真琴の演技」

「……それはなんか恥ずかしいなあ。いっそのこと祐太郎も一緒に出演するかい?子役をやっていたんだろう?」

「さすがにブランクが長すぎてどうにもならないよ。でもそれはそれで面白そうだ」


 僕と真琴は同じタイミングではにかんだ。

 日が落ちて暗くなりかけの歩道を、僕ら二人はほとんど同じペースで歩く。意図して歩く速さを調整しなくとも、自然と真琴とは同じ速度になるのだ。もしかしたら真琴が調整しているのかもしれない、でも、自然と同じペースで歩いていたのであれば、それはとても嬉しいなと僕は思った。


「……なあ真琴」

「ん? どうしたんだい?」

「手を……、繋いでもいいかな?」


 振り絞るように僕がそんな言葉を発すると、真琴はちょっと驚いたような恥ずかしいような顔で目を見開く。


「も……、もちろんだとも! というより、今まで全然手を繋いだことなんてなかったね。付き合ってるのにおかしなもんだよね」


 真琴の言うとおりだ。

 お互い一緒に住んでいるくせにデートは今日が初めてだし、身体の関係どころか手を繋ぐのすら今の今まで全くなかったのだ。

 間違いなく僕が不甲斐ないせいだ。もうちょっと真琴の彼氏としてしっかりしないと失礼ってものだろう。千咲にも何を言われるかわかったものじゃない。


 スッと右手で真琴の左手を握る。

 夏以外は冷え症に悩まされていると言っていた真琴の左手はやっぱり少しひんやりとしていた。

 ハンドクリームの広告にも使えそうなくらいほっそりして綺麗な真琴の手を、いわゆる『恋人繋ぎ』の握りへと握り変える。


 後で思うと、このときもう少しぎこちなく手を握るべきだった。

 よどみなく真琴の手を恋人繋ぎにしたおかげで、『手慣れている感じ』が彼女へ伝わってしまったかもしれない。

 真琴は一瞬だけ「あっ……」という弱々しい声を漏らすと、そのまま黙り込んでしまった。

 例えるならば今まで張り詰めていた熱のような、圧のようなものが抜けてしまったような感じ。気持ちは高まっていたはずなのに、歯車が外れてしまったかのように空回りし始めた。


 さっき僕の元カノである千咲に会ってしまったおかげで、平静を装いながらも真琴は多少なり動揺しているはずなのだ。そこに追い打ちをかけるように手慣れた感じを出すのはさすがにデリカシーがなさすぎる。

 こんな小さなことでも、寄り添っていた気持ちが引き裂かれてしまうのは自分が一番わかっているはずなのに――。



 無言になってしまった二人の間に、真琴のスマホが震える音が鳴り響いた。


「ご、ごめんねこんなときに。……一体誰だろう」


 ブルブルと小刻みに揺れるスマホを取り出して画面をみた真琴は、すぐに電話に出た。

 通話の内容を聞くに、真琴の所属する劇団の人だろうか。なにか電話の向こうで困っている様子だった。


「………わかったよ、じゃあ今すぐ行くから」

「真琴?今のって何の電話?」

「ああ、うちの劇団の脚本担当だったんだけど、どうしても今日中に読んでほしい台本があるから頼むって電話が来てね。……ちょっとごめんよ、こんなときに申し訳ないんだけど、少しばかり行ってくるよ」

「……うん。それは多分演者の真琴にしかできない事だろうし、真琴以外にも色々な人を待たせているだろうから、仕方がないよね」

「……ごめん祐太郎、この埋め合わせは必ずするから」

「そういうの、本当は僕側が言いがちなセリフなんだけど。……気をつけてね」


 僕がそう言って真琴を見送ると、彼女は少しばかり寂しそうな表情を見せた。今までに見たことがない、ちょっと切なさを含んだなんとも言えない表情だった。


 このとき僕は強引に引き止めるべきだったかもしれない。でも僕の身体が動く前に真琴はスッと駅の方へ走り出して行ってしまった。


 ◆


 真琴の手のひんやりした感覚が少し残ったまま僕は部屋に帰ってきた。

 明かりをつけて誰もいないリビングに入る。部屋の真ん中にあるソファにまるで精気を吸い取られたかのように座り込むと、今日の自分の不甲斐なさが嫌悪感として心の中に沸き立ち上がってきた。


 ……ああ、また失敗してしまった。


 くよくよしていても仕方がない。

 真琴が帰ってきたら素直に胸の内を話すことにしよう。お互いに誤解をしているままでは苦しいだけだ。



 ソファから立ち上がることができないまま小一時間が経った頃、部屋の中の静寂を切り裂くようにインターホンが鳴り響いた。


「……真琴かな?いや、真琴なら鍵を持っているはずだし、一体誰だろう?宅配便かな?」


 僕はインターホンのモニタを見ると、そこには真琴でも藤井ユイカでもない一人の女の子が立っていた。


『……早く開けなさいよ。いるんでしょ?祐太郎』

「……なんで千咲がここに?」


 部屋のインターホンを鳴らしたのは、他の誰でもない石井千咲だった。

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