第14話 策士策に溺れる。策士じゃなくても溺れる。そんなときは心臓マッサージだ。アンパンマンのマーチのテンポで胸骨を圧迫すると効果的だ。

「や、やあ千咲、ひ、久しぶり……」

「な、なんであんたが真琴と……?」


 真琴と一緒に入ったカフェには僕の元カノである千咲が店員として勤めていた。


 ようやく、僕の頭の中で何かが繋がったような気がした。

 先日の何か見覚えのある肉じゃがレシピとか、既視感のある真琴のメイクとか、そしてこのカフェとか。

 もしかしなくても、真琴の親友というのは僕の元カノである千咲なのだ。ことあるごとに恋愛経験の少なそうな真琴へ千咲が助言しているのだとすれば、今までの不可解で大胆な真琴の行動には説明がつく。


 合点がいっている僕とは対照的に、どうやら千咲は僕と真琴が一緒に入店してきたことに動揺を隠せていない様子だった。


「あ、あれ?千咲と祐太郎って知り合いだったのかい?」

「知り合いも何も、私はこいつの元カノよ」

「ええーー!!??」


 真琴がらしくない驚きの声を上げる。

 それもそうだ、『ついこの間まで自分の彼氏と自分の親友が付き合っていた』という事実をたった今知ったのだ。衝撃も大きくなるだろう。


 そんな驚きを隠せない真琴をよそに千咲は僕へと毒づく。


「何よ、真琴の彼氏ってコイツだったわけ?……私と別れてからこんなすぐにまた恋人作るとか信じらんない」

「い、いや、これには色々と訳があって……」

「……別にそんなの聞きたくない。あんたの言い訳はもう聞き飽きたわ」


 僕は手に負えないなと思い、言葉を発するのをやめた。


 確かにあの別れ方であれば、僕がまだほとぼりも冷めぬうちに恋人を作ったことに対して千咲が憤るのも仕方がないことだ。こればかりは僕が悪い。


「ま、まあ二人とも落ち着いてよ。今はただのお客さんと店員さんなんだからさ、……お、穏便に行こうよ」

「ふんっ、まあいいわ。――こちらのお席へどうぞ」


 真琴は千咲をなだめる。

 僕らは明らかに不機嫌な千咲から席へと案内され、椅子に腰掛けた。


 ホラー映画でカロリーを消費してしまったため、先程まではオイリーなペペロンチーノ的パスタを食べる口になっていた。しかし、今の一件で完全にその気持ちが吹き飛んでしまった。

 それどころか真琴に知られてはいけないような事を知られてしまって、変な罪悪感が僕の中に発生している。そのせいで心なしか胃が痛くなってきている。


「……ごめん真琴。まさか真琴が千咲と友達だなんて知らなくて。――黙っててごめん」

「ううん、元カノのことを詮索するなんてボクはしたくないからこうなったのは仕方がないさ。……まあでも、ちょっとびっくりしたかな」


 あまりにも大人すぎる対応の真琴に自分が恥ずかしくなる。

 もし自分が真琴の立場だったとして同じような状況に出くわしたとなれば、こんなに落ち着いていられる自信がない。

 普通ならば動揺するだろうに、そんな素振りなど一切見せずに立ち振る舞うその姿を見て、いよいよどっちがエスコートされているのかわからなくなってきた。


 沈黙が流れる。

 このままではせっかくのデートを台無しにしてしまいそうだ。何か行動を起こさなくては。


「あ、あのさ真こ……」

「ねえ!千咲ってどんな感じの彼女だったの!?」

「えっ……、ええ………?」


 だんまりな状況を打ち破ったのは真琴だった。

 しかも、何故か元カノである千咲のことを深堀りしてこようとするのだ。


 ……そんなに僕の千咲に対する印象が気になるのだろうか?普通なら彼氏の元カノのことなんて聞きたくないと思うんだけど……。

 僕だったら仮に真琴に元カレがいたならば、そいつの話なんて聞きたくはない。


「ど、どうって言われても……」

「やっぱり世話焼きで面倒見がいいお姉さんみたいな感じ?それともそれとも案外甘えん坊だったりするのかい?」

「え、えーっと……、どちらかというと前者……」

「なるほどなるほど!いわゆる『押しかけ女房』って感じなんだね」


 ゴシップを発見した週刊誌の記者ってこんな感じなのだろうなと思うくらい、今の真琴はイキイキとしている。

 なんでそんな事を訊いてくるのか甚だ疑問だ。


「……なあ真琴、そんなに千咲とのことが気になるのか?」

「勿論だよ!だって千咲は祐太郎と何年も付き合ってたんだろう?そこには必ず祐太郎と仲良くしていくためのヒントとか反省点とか沢山あるはずなんだ。これは見逃すわけにはいかないよ!」


 得意げに語る真琴。そんなに気恥ずかしいことをよくもまあ面と向かって本人に言えるなと僕は感心していた。

 しかしながらやはり勢い余っての発言だったみたいで、数秒の後、真琴は自分が何を言っていたのか理解が追いついてきたようだ。わかりやすく顔が真っ赤になっている。


「ご、ごめん、ボクったらつい……」

「ま、まあ、そう思ってくれるなら嬉しいよ。……真琴って向上心の塊なんだね」


 お互いにあははと困ったように笑い、初めて会ったときみたいな恥ずかしい雰囲気になってしまった。


でも真琴にそんな器用な真似が出来るのだろうか?

本当は僕と千咲が再会してしまったことに動揺していて、なんとか誤魔化すために殊勝なフリをしているのではないか?

もっと真琴のクセとか傾向とか、そういった事をわかっていれば彼女を困惑させることなどなかっただろうに。ただただ自分のことで精一杯で申し訳なさが溢れ出てくる。


 ふと素に戻ると、僕らがいつまでも注文をしないものだからしびれを切らした千咲がやって来た。


「……あの、お取り込み中のとこ申し訳ないんだけどさ、いい加減注文してくれない?」

「ご、ごめん!……本日のパスタランチセット2つで頼むよ」

「……はい、かしこまりました」


 明らかに千咲は機嫌が悪そうだ。

 長居するのは得策ではなさそうなので、早く食べ終えて外に出よう。僕だけではなく多分真琴もそう思っているはず。

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