第9話 乙女っぽくない子のほうが実はめっちゃ乙女心満載って言わん? 知らんけど。

 ◇


「んで?昨日はどうだったわけ?私の言った作戦は上手くいった?」


 大学構内のカフェテリアで、昨日同様に千咲と真琴は二人で昼食をとっていた。

 千咲は昨日真琴へ耳打ちした作戦の首尾がどうだったのかニヤニヤしながら問いただす。


「上手くいったと言われたら上手くいったようないってないような……」

「なによその曖昧な感じ、もしかして未遂に終わったとか?」

「未遂と言えば未遂かもだけど……、でも結果的には悪くないというか……」


 いつもハキハキとしている真琴の口調がこれまでにないほど端切れ悪い。ヤったのかヤってないのかが気になる千咲はだんだんイライラしてきた。


「いいから詳細を教えなさいよ。それによって傾向と対策が変わってくるんだから、曖昧にされちゃ困るの」

「わ、わかったよ……。その、えっちなことはしてないよ……?」


 千咲は大きくため息をつく。

 昨日千咲が真琴に吹き込んだのは『無防備な格好で寝落ち(寝たフリ)している姿』を見せつけるという作戦だった。

 視覚的にリビドーへ訴えかけることに加え、『こんな無防備なところを見せつけてくれるのは自分の前だけだ』という一種の優越感を与えることで男の理性を吹き飛ばす千咲の研究の末に辿り着いた作戦。これで堕ちない男はよっぽどヘタレかそもそも好きではないかのどちらかだろう。


 しかしながら真琴の様子を見る限りはあからさまに失敗したという感じがしない。千咲は失敗したなりに良いことがあったのだろうと勘ぐった。


「ええっと、なんというかボク、女の子扱いされることにあんまり慣れてなくてね」

「それはそうでしょうね。女子校の王子様とか夢女生産機とかそういう称号が似合いそうだもの」

「だからその、まさか、『お姫様抱っこ』されるなんて思っていなくて……」


 真琴は昨日のことを思い出して顔がほんのり上気する。いつもは凛々しくて紳士的にすら見える彼女はこれまでにないほど乙女の顔をしていた。


 それを見ていた千咲はなんとなく昨日の真琴の状況がわかってしまった。おそらくはリビングで寝落ち(したフリ)の真琴を彼氏が部屋までお姫様抱っこで運んだのだろう。

 もし千咲が真琴の立場だったならば、手を出してこない彼氏へ『このヘタレ野郎』と暴言を吐いて顔に一発拳をお見舞いするようなシチュエーションである。しかしそこは男性経験皆無の真琴。今まではむしろお姫様抱っこをする側でいた彼女にとって、そんなことすら刺激的なのだ。


「……なるほどね、女の子扱いされちゃったのが存外に嬉しかったから結果としては悪くないと」

「う、うん……。千咲が望んでいるような結果ではないけど、ボクとしては満足というか……」


 モジモジとする真琴を見て千咲はまたもや大きくため息をつく。

 いい歳した男女がひとつ屋根の下でプラトニックな関係を続けているというのは、見ている千咲としてはなかなかじれったいものがある。こんなウブな真琴を眺めるのも悪いことではないと思うが、さっさとやることをやってしまって落ち着いてくれたほうが親友としても安心できる。


 このまま真琴のゆるい惚気話を聞き続けていてもなんの腹の足しにもならないと思った千咲は、いつも飲んでいるミルクティーのボトルを手にとって一口つける。

 もう少し刺激的な恋の話が真琴から聞けるようになるには時間が掛かりそうだ。


「それで話は変わるんだけど、千咲って午後からヒマ?」

「ええ。急遽アルバイトのシフトが変わったおかげで暇を持て余してるわ」


 その言葉を聞いて、真琴は『よかった』とホッとした表情を浮かべる。何やら企んでいることがあるらしい。


「それならちょっと付き合ってくれるかい?行きたいところがあるんだ」

「………真琴、それ絶対にファンの子の前で言っちゃ駄目よ。またストーキングされるわよ?」

「えっ?そ、そんなつもりはなかったんだけど……」

「……まあいいわ、それで?どこに行きたいの?」

「聞いたら千咲笑わない?」

「笑わないから言いなさいよ」


 真琴がもったいぶるくらいなのだから、余程行きにくい場所についてきて欲しいのだろうと千咲は察する。


「こ……、コスメショップに、ついてきて欲しいなあって」

「そんなとこ私がついていかなくても一人で行けるじゃない」

「いやいやいやいやそんなことないんだって!ボクにとってはすごく入りにくい空間なんだよ!」

「あんたは男子高校生か……」


 千咲のような女子大生にとってコスメショップなど別にそれほど恥ずかしがるような場所ではない。しかし真琴にとっては違う。

 真琴自身化粧に関してはハードルの高さを感じていて、割とちんぷんかんぷんなのだ。お芝居でメイクをすることが多々ある真琴だが、普段自分自身に化粧をするときはとにかく見様見真似でわけもわからないままやっている。

 そんな適当な仕上がりでも美貌が霞まないあたり、さすがの真琴である。


「仕方ないわね……、ついて行ってあげるわ」

「ホントっ!?ありがとう千咲!」

「その代わり、私の買い物にも付き合ってくれる?」

「もちろん!それぐらいはさせてもらうよ」


 千咲は何か悪い企みを思いついたようで、そんな顔を真琴に悟られないよう必死で堪えていた。

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