第10話 育ってきた環境が違うから好き嫌いはイナメナイ。けど、受け入れてみると案外良いものだったりする

 今日はバイトが早く終わった。

 最近夜遅く帰ることが多かったのでこの早上がりはラッキーである。

 この時刻ならば家に帰ったら真琴がキッチンに立って何かを作っているに違いない。そう思うとなんだか帰り道の足取りが弾むような気がした。


 ちなみに真琴の料理の腕はそれなりに良い。それに加えて演劇をやっているせいなのか、キッチンに立ってもその凛々しさが際立って様になっている。

 夕方にテレビで流れているような主婦向けの料理ではなく、オリーブオイルを高い打点から流し込むようなスタイルのおしゃれな料理が得意であるのも真琴らしい。パスタを作らせたらそのへんのお店より断然美味いのだ。


 先日真琴にボンゴレビアンコを作ってもらって、それがめちゃめちゃ美味しかったのを思い出した。頭の中に思い浮かべるだけで唾液が出てくるのだから相当記憶に刻み込まれている。


 僕はお腹を空かせて家のドアを開けると、美味しそうな香りが鼻をついた。

 しかし想像していたようなイタリアンな香りではなく、どう嗅いでも和風な出汁の香りだ。日本人としてこれはこれで正解な香りなのだけれども、どうもいまいち真琴が作る料理のイメージには結びつかない。


「ただいま。珍しいね、今日の晩ごはんは和食?」

「お、おかえり祐太郎。……な、なんか無性に肉じゃがが食べたくなっちゃってさ」

「なるほどね、確かにホクホクのじゃがいもが恋しくなるときあるよね」


 真琴は鍋に落し蓋をしてコトコトと肉じゃがを煮込んでいる最中だった。そんなキッチンに立つ真琴を見て僕は違和感を覚える。

 なんだろうか、そこにいるのはいつもの凛々しいボーイッシュな真琴ではなく、舞台女優みたいな雰囲気をまとった美人さんなのだ。……いや、一応真琴は女性の役者なので実際に女優と言ってもいいのだけれども。


「今日はどうしたの?なんだか真琴、いつもと雰囲気が違うような感じ」

「えっ、あっ……、いやその、ちょっと役作りというか……、メイクを変えてみたりしてね……」

「ああー!道理で化粧がいつもと違うわけだ!」


 なるほどそういうことだったのかと僕は手を叩いた。普段の生活から役に入り込むとはなんともストイックな真琴らしい。

 ちなみに僕も子役をやっていた頃は先輩の役者さんの真似をして真琴みたいに普段の生活から役に入り込んでみたことがある。これをやると演技に入るときの気持ちが全然変わるので、その時は自分としては迫真の演技が出来たという記憶がある。

 なんの役かって?それは……、まあ、何でもいいじゃないか。


「それでそれで?どんな役をやることになったのさ?」

「えーっと、その、わ……、若奥様的な……?」

「なるほど。真琴の劇団、なかなかいいキャスティングをするんじゃない?僕はピッタリだと思うよ?」

「そ、そう?そう言ってくれるなら嬉しいかな……」


 真琴は多分、普段やることのない大人の女性っぽい化粧をしたために、僕がどんな反応をするか気になって仕方がなかったのだろう。もし似合わないなんて言われたらと考えると確かに緊張してドキドキしてしまうのも頷ける。

 それでも真琴の美貌というのはレベルの高い合格点をオールウェイズ出してくれるので全く心配など必要ない。素材が良いとどうやっても良いものが出来上がるのだ。


 そんな真琴の可愛さを感じながら夕飯が出来上がるのを待っていると、僕の目の前には肉じゃがを中心とした和風定食が並べられた。


「いただきます。――うん、さすが真琴。和食も美味しいね」

「ありがとう……。あんまり自信なかったんだけど、美味しいって言ってくれるなら嬉しいよ」


 もともと料理上手ということもあって、その完成度は文句なく高い。しかも、僕がどこかで食べたことのあるような懐かしい味さえする。


 しかし僕はふと気がついた。この肉じゃがは真琴作ったにしては少し違和感があるのだ。


「……あれ? 真琴って関西出身だっけ?」

「えっ? ボクはずっと埼玉生まれ埼玉育ちだけど……?どうしたんだい?」

「いや、関東出身なのに肉じゃがに牛肉って珍しいなって思ってさ」


 一般的に肉じゃがの肉というのは、関東地方では豚肉、関西地方では牛肉が使われる事が多い。個々の家庭でちょっとずつ違いはあるだろうから、たまたま真琴がその珍しいパターンだったんだろう。ちなみに僕は牛肉で育ってきたタチである。


「それは多分、友達からレシピを教えてもらったからじゃないかな?友達いわく、ちょっと変わったレシピかもしれないけど美味しいから作ってみてって」

「そういうことか。道理で牛肉だけじゃなく変わり種も入っているわけだ」


 真琴が作ってくれた肉じゃがには、定番の具材に加えて変わり種とも言える『高野豆腐』が入っていた。普通のレシピ本なんかを参考にしたならばまず入っていないだろうから、友達のレシピを参考にしたのならば頷ける。

 しかしながら僕にはそのレシピにどこか既視感があった。肉じゃがに牛肉と高野豆腐、……まさかな。そんなわけないよな。


 なんにせよ美味しかったので大変満足である。真琴も役作りとは言いながらめちゃくちゃ若奥様スタイルがハマっていて満腹な上に眼福だ。これなら毎日家に早く帰りたくなってしまう。


「あの、祐太郎。お風呂沸いてるけど、……入る?」

「えっ、いつもは真琴の方が先なのに」

「た、たまにはいいじゃないか。祐太郎だって一番風呂が良いだろ?」


 僕はどちらかというとぬるめのお湯が好きなので一番風呂にこだわりは無い。まあでも真琴が勧めてくれるならたまにはそういうのもアリかなとこのときは思っていた。

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